200675

最高裁判所 御中

刑の執行猶予取消決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件

              抗告人 ○○○○

 

                                                                       弁護人 高   野    隆

特別抗告申立書

抗告人は東京地方裁判所刑事第××部所属裁判官△△△が平成18619日になした刑の執行猶予取消決定に対し即時抗告を申し立てたが、東京高等裁判所第×刑事部は同月29日付で抗告棄却決定をした。抗告人は、原決定及び原原決定の取消しを求めて御庁に特別抗告を申し立てる。

抗告の理由

1 原決定は無罪推定の権利を保障した世界人権宣言111項、市民的及び政治的権利に関する国際規約142項及び日本国憲法31条に違反する

検察官が主張する遵守事項違反の事実は、平成17108日に抗告人○○○○が△▲に対して「お前の頭に鉛ダマぶちこんだろうか」等と怒号して脅迫したという事実である。この事実については、東京地方検察庁が同年1122日に公訴を提起し、東京地裁刑事第▲▲部に係属したのであり(同裁判所平成17年刑(わ)第****号)、この裁判において○○は訴因事実を全面的に否認して争っている。現在においても公判審理が続いているところである。しかも、公判は検察官立証が終わり、弁護側の反証がこれから始まろうとしている段階である。このような公判審理の段階において、検察官は突如として本件取消請求をしてきたのである。

抗告人は原原審においても、また、原審においても、被告人が犯罪の成立を争い公判裁判所において事実審理が進行している犯罪事実を根拠として執行猶予の取消し決定をするのは、無罪推定の権利を定めた世界人権宣言111項、市民的及び政治的権利に関する国際規約142項並びに法の適正な手続を定めた憲法31条に違反すると主張した。しかし、東京地裁は、取消請求を受けた裁判所は公判裁判所による有罪認定とその確定を待たなければならないわけではなく、「独自の権限と責任において、その事由の存否の認定ができる」として抗告人の主張を退け、東京高裁もこの判断を是認して、抗告人の即時抗告を退けた。

東京地裁は、「独自の権限と責任において、その事由[犯罪事実]の存否の認定ができる」という結論を述べるだけであり(決定書3頁)、なぜそう考えるのかについての理由を述べていない。東京高裁も同様に結論を述べるだけであるが、それに加えて、執行猶予取消事件には世界人権宣言や国際人権規約が定める無罪推定原則は適用されないと述べている(決定書2頁)。しかし、これらの見解はいずれも世界人権宣言や国際人権規約の解釈を誤ったものであり、破棄されなければならない。

 

「無罪と推定される権利」というのは、単に刑事裁判における証明責任分配の法則を定めたものではない。それは、刑事上の訴追を受けている者に対して、適正な手続的権利を保障された公開の裁判所によって有罪を宣告されるまでは、「無罪の者として扱われる」権利を包含するのである。刑事裁判所によって「有罪」の宣告をされないとしても、他の政府機関から有罪者として扱われることが認められるのであれば、「無罪推定の権利」は空疎な権利である。本件の状況はその典型的な場合の一つであるが、ほかにも例えば、起訴されただけで選挙権や被選挙権が剥奪される(公職選挙法11条[有罪判決の確定が条件である。]参照)とか、株式会社の取締役になれない(会社法33114号[同前]参照)という事態を想定してみれば、このことは容易に理解されよう。

ヨーロッパ人権条約62項は国際人権規約142項と同一の文言で「無罪と推定される権利」を保障している。そして、ヨーロッパ人権裁判所は、この権利が単なる証明責任分配の法則ではないことを繰返し判示している。例えば、事件が係属している裁判所の裁判官は勿論、裁判とは無関係な政府高官が被告人が有罪であることをほのめかすコメントをすることも、無罪推定原則に反する。Deweer v Belgium [1980] ECHR 6903/75 at para 56; Minelli v Switzerland [1983] ECHR 8660/79 at para 37; and also Allenet de Ribemont v France [1995] ECHR 15175/89 at para 35.

同裁判所は、200210月本件と殆ど同じ事案において、この一連の判例を引用したうえで、裁判所が別の裁判所で公判審理中の訴因について被告人が有罪であると認定して執行猶予を取り消すことは無罪推定の権利を侵害すると判示した。Bohmer v. Germany, Judgment of 3 October 2002, [2002] ECHR 37568/97.

この判例の事案の概要は次のとおりである。ギノ・ボーマーは1991年にハンブルク地区裁判所で盗品譲受と窃盗の罪で有罪を宣告され、懲役2年執行猶予4年の刑を言渡された。その後ボーマーは1993年にアーレンスブルク地区裁判所で無免許運転等の罪で有罪判決(罰金)を受け、この有罪判決に基づいてハンブルク地区裁判所は執行猶予期間を2年間延長する決定をした。その後、ハンブルク地方検察庁は、ボーマーが執行猶予中に犯したとされる複数の商品詐欺事件について彼を訴追し、ハンブルク地方裁判所は、そのうちの1件を除いて、罰金30マルクの略式命令を言渡した。残りの1件の詐欺事件については分離され継続審理(ドイツ刑訴法1542項)とされた。ハンブルク地裁の略式命令がボーマーの不在の間に彼の私書箱に送達されたために彼が不知の間に確定してしまった。この略式命令の確定を受けて、ハンブルク地区裁判所は1996年4月ボーマーの執行猶予を取消す決定をした。執行猶予取消決定を受けたボーマーは弁護士を依頼して、ハンブルク控訴裁判所に同決定に対する上訴を申し立てるとともに、確定した略式命令についても再審理の申立てをした。レンズブルク地方裁判所は再審理の申立てを認めた。ボーマーは、ハンブルク控訴裁判所に対して、執行猶予取消事件についての判断は、レンズブルク地裁の再審の結果を待ってなされるべきであると主張した。しかし、ハンブルク控訴裁判所は、この要請を拒否して口頭弁論を開始し、ハンブルク地裁で継続審理中の詐欺事件に関する被害者や警察官の証人尋問を行った(一旦確定し再審中の略式命令事件については証人尋問等を行わず書面のみで審理した)。そのうえで、ハンブルク控訴裁判所は199610月ボーマーの上訴を棄却する決定をした。決定理由のなかで、同裁判所は、再審理は多くの証人の尋問をすることが予想され、既に執行猶予期間が経過していることを勘案すると「これらの手続の結果を待つことはできない」と述べた(para.28)。同裁判所は、ハンブルク地裁で継続審理中の詐欺事件についても公判の結果を待つことはできないとしたうえで、控訴裁判所自身が被害者らや警察官の証言を聞いたのであるから「当該詐欺事件について申立人が有罪であることについて確証を得ることが可能であった」と述べた(paras.29-30)。連邦憲法裁判所に対する上告も棄却されて、本件はヨーロッパ人権裁判所に提訴された。

人権裁判所は、まず、それまでの先例を引用してこう述べる。「刑事訴追を受けている人に関する裁判所の決定または公務員の陳述が、法に従って有罪を宣告される以前であるにもかかわらず彼が有罪であるという意見を反映したものであるとき、無罪の推定は侵害を受ける。それはたとえ公式の事実認定がなされなかったのだとしても、裁判所や公務員がその被告人を有罪とみなしていることを示唆する何らかの理由が存する限り、十分である。」(para. 54

ついで、人権裁判所はハンブルク控訴裁判所の決定が条約62項に反してボーマーの有罪を決定したものかどうかを検討し、それを肯定した。ドイツ政府は、控訴裁判所の決定は有罪の決定そのものではなく、当初なされた執行猶予の決定の基礎となった行動予測を訂正するものに過ぎないと主張したが、人権裁判所はこの主張を退けた。第一に、ドイツ刑法561項は執行猶予取消の要件として保護観察期間中の再犯が認定されることを要求している(para.63)。第二に、控訴裁判所は、公判係属中のハンブルク地方裁判所の役割を一方的に引き受けて、証人尋問その他の証拠調べを行ったうえ、ボーマーが公判中の訴因について有罪であることを疑問の余地のない言葉で宣言した(para.65)。ドイツ政府はまた、執行猶予の取消しはあらたな犯罪行為に対する制裁でないと主張したが、この主張も退けられた。「当初の有罪判決がなした申立人の拘禁刑の執行猶予の決定を取り消す決定によって、控訴裁判所は新たな犯罪行為に由来する刑罰的な結果を引き出し、申立人に不利益を課したのであって、それは当裁判所の見解では刑罰に匹敵するものである」 (para.66)。そしてさらに、人権裁判所は、控訴裁判所の有罪認定手続において申立人には法の定める手続的保障が与えられたという主張も退けた。無罪の推定は、条約61項の公正な刑事裁判の保障の一環であり、その観点から見るならば、管轄のある事実審裁判所の手続の外でなされた有罪の認定は、その認定手続における手続的保障の内容いかんに関わらず、排斥されなければならない(para.67)。

ヨーロッパ人権裁判所は、ハンブルク控訴裁判所によってなされたボーマーの執行猶予取消決定は、無罪推定の権利を定めた条約62項に違反すると結論した(para.70)

 

ヨーロッパ人権条約62項は国際人権(自由権)規約142項と全く同一の文言で無罪推定を受ける権利を保障しているのである。さらに、同項の解釈に関して、規約人権委員会は1984年に発表したジェネラル・コメントのなかでこう述べている。「さらに、無罪の推定は、この原理に即して取り扱われる権利を含意するものである。それゆえ、すべての公的機関(public authorities)は、裁判の結果に予断を与えることを避ける義務を負うのである。」General Comment 13/21 of 12 April 1984[Procedural Guarantees in Civil and Criminal Trials], §7.この規約人権委員会の見解は、裁判所や公務員が公判中の被告人の有罪を示唆するコメントをすることは無罪推定の権利を侵害するというヨーロッパ人権裁判所の判例の立場と軌を一にするものである。Nowak, CCPR Commentary, (Engel,1993), p254.

 

わが国は国際人権規約を批准した。したがって、規約の締約国として無罪推定の権利を保障した142項を誠実に履行する義務を国際社会に対して負っている。そしてさらに、わが国の憲法は国際社会において「名誉ある地位を占めたいと思う」との国民の決意の下で制定され(前文)、わが国が締結した条約や国際法規を誠実に遵守することを謳っている(982項)。そのようなわが国の最高裁判所が、「無罪推定を受ける権利」という近代国家に普遍的に適用されるべき大原則について、わが国にしか通用しない独自の解釈を行い、国際社会から孤立する道を選ぶことは、憲法の精神に反することではなかろうか。

 

現に刑事裁判が係属中であるにもかかわらず、ほかの政府機関が被告人を有罪の者として扱うことは、刑事裁判の意味を減殺させてしまうだけではなく、刑事裁判の結果そのものにも影響を与えざるを得ない。ましてやその機関が本件の場合のように、裁判官でありしかも同じ裁判所に所属する裁判官によるのだとすれば、なおさら、その判断による影響は大きいと言うべきである。

原決定及びそれが是認する原原決定は、世界人権宣言111項及び国際人権(自由権)規約142項の解釈適用を誤り、抗告人の無罪推定を受ける権利を反故にした。東京高裁昭和54124日決定は、遵守事項違反とされる犯罪事実について「別に起訴されて目下審理中であることを勘案すると、この段階に至って、右の違反を取上げて執行猶予の取消の事由とするのは相当ではない」と述べて、執行猶予取消請求を棄却した(東京高判昭54124判時929136)。この判例は何ゆえに「目下審理中であることを勘案すると……相当ではない」と判断したのか説明していないが、公判裁判所をさし措いて別の裁判所が事実上の「有罪」認定をすることが公判裁判所に不当な影響を与え、被告人の無罪推定を受ける権利を剥奪する効果を持つことを慮ったものであることは明らかであろう。

2 原決定は公平な裁判所による裁判を受ける権利を保障した憲法371項及び対決権・反対尋問権を保障した憲法372項並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約143項に違反する

本件のように犯罪事実を遵守事項違反とする刑の執行猶予取消は、犯罪行為により個人を拘禁するものに他ならないのであるから、その対象となる個人は刑事被告人と同様の手続的保障を受けられるべきである。

東京地裁の手続において、検察官は執行猶予取消請求書と同時に各種証拠書類を裁判所に送付した。そして、同裁判所は、弁護人が異議申立てをしたにも関わらず、これらの証拠書類をあらかじめ精読して口頭弁論期日に臨み、弁護人の請求する証人の取調べを悉く排斥して、検察官が裁判所に送付した書証に依拠して遵守事項違反の事実を認定した。

このような手続は予断排除原則(刑訴法2566項)や伝聞証拠排除の規則(同320条)に違反するものであって、ひいては日本国憲法371項及び2項に違反するものである(同旨、浦功「保護観察付執行猶予取消の問題点」『新・生きている刑事訴訟法』(成文堂1997)、281頁)。

東京高裁は、執行猶予取消請求の被請求人は刑事被告人と同様の手続的保障を受けられるべきであるとする弁護人の主張は「独自の主張であり、到底採用でき[ない]」などと言って切り捨てた(決定書3頁)。しかし、先に引用した浦論文が同旨の見解を述べているのであるから、この主張が弁護人の「独自の主張」でないことは明らかである。のみならず、この主張はわが憲法の母法であるアメリカ合衆国憲法の解釈として同国の連邦最高裁の判例が認めるところであり、かつ、同様の保障をしているヨーロッパ人権条約の解釈として、ヨーロッパ人権裁判所の判例が認めるところでもある。

アメリカ連邦最高裁は、モリセイ対ブルーワー(1972年)において、仮釈放者の保護観察(parole)の取消手続は、刑事裁判そのものではないが、自由の剥奪という深刻な結果をもたらす手続であるから、憲法上のデュー・プロセスの保障がなければならないと述べ、予備審問と正式公判の2つの公判審理を受ける権利が保障されること、自己に有利な証人を強制的に召喚する権利や検察側証人と対決し、反対尋問を行う権利などデュー・プロセスの中核となる諸権利が保障されなければならないとした。Morrissey v. Brewer, 408 U.S. 471 (1972). さらに同裁判所は、ギャグノン対スカーペリ(1974年)において、刑の執行猶予(probation)の取消手続も仮釈放者の保護観察取消手続と同様に自由剥奪という深刻な結果をもたらす刑事手続であるから、同様に憲法上のデュー・プロセスの保障がなければならないとした。Gagnon v. Scarpelli, 411 U.S. 778 (1974).

ヨーロッパ人権条約63項は国際人権規約143項とほぼ同文の規定である。ヨーロッパ人権裁判所は、2003年の判決で、刑務所内における懲戒手続は非違行為(offence)を認定してそれに対する処罰(punishment)を決定する手続であり、さらにその処罰は「有責性の認定に基づいて、処罰目的であらたな自由の剥奪を行う」ものであるから、条約が定める「刑事上の罪」(criminal charge)の決定手続に他ならないとした。それゆえ、懲戒手続に付される者は弁護人の援助を受ける権利や対立する証人を反対尋問する権利などのデュー・プロセス上の諸権利を保障されなければならないのである。Ezeh and Connors v. the United Kingdom, nos. 39665/98 and 40086/98, 9 October 2003.

イングランドの受刑者は懲戒手続によって数日あるいは数週間の「あらたな自由の剥奪」を受ける。これに対して本件の○○は執行猶予取消決定によって4年間の「あらたな自由の剥奪」を受けるのである。本件取消決定手続は、憲法上も条約上も刑事手続に他ならないのであり、彼に対して通常の刑事被告人と同様の手続的保障を与えられた公正な裁判所による裁判を受ける権利が保証されなければならないのは、あまりにも当然のことである。

以上