平成六年(わ)第八五八号等 営利略取、逮捕監禁、拐取者身代金要求

 

                      忌避申立書

 

                                          被 告 人

 

右被告事件について、裁判長裁判官羽渕清司、裁判官小池洋吉、裁判官大島淳司につき、次の事由があるので、右裁判官を忌避する。

 

               一九九五年一月一九日

 

                                 弁 護 人 高    野      隆

 

浦和地方裁判所 御中

 

忌避の理由

 

一 本件は、大略、被告人が、B、C他数名と共謀のうえ、Xに対して、暴行を加えるなどして普通貨物自動車に押し込み、同車を直ちに発進させ、その後運送会社の事務所に連れ込み、さらにマンションの一室に留め置き、その間に、右Xの安否を気遣う同人の父親に対して、金銭等の交付を要求したという逮捕監禁・営利略取・略取者身代金要求の訴因について公訴が提起されたものであるが、この同じ事実について、B(被告人と同じ訴因)、C(同)、D(営利略取・逮捕監禁)、E(同)、F(同)、そしてG(同)も相次いで起訴された。

二 本件被告事件を含む右の被告らに対する事件は、全て浦和地方裁判所第三刑事部の合議体――裁判長裁判官羽渕清司、裁判官小池洋吉及び裁判官大島淳司――に分配された。そして、同裁判所は、一九九四年一〇月四日、全ての事件の弁論を併合する旨決定した。そのうえで、同年一一月二二日を第一回公判期日に指定した。

     右第一回公判期日において、本件被告人A及び弁護人は、本件公訴事実について次のとおり意見を陳述した。

第一 平成六年八月二九日付け起訴状記載の公訴事実(逮捕・監禁)について

被告人Aについて、監禁罪が成立することは認める(なお、本件は逮捕に引き続いて監禁が行われたのであり、単純な監禁罪一罪が成立する)。

但し、被告人Aは、Bから、Xをその父親のもとに連れていくのを手伝って欲しいと頼まれて、本件公訴事実にあるように、Xを普通貨物自動車内にいれ、同車内に監禁する行為を一部実行したのであるが、その後、「N運輸株式会社八潮営業所」や「Lマション北綾瀬二‐一〇四号室」にXを連れ込んだことは、被告人Aにとっては当初予想していなかったことであって、この点について事前に共謀があった訳ではない。

第二 平成六年九月七日付け追記訴状記載の公訴事実(営利略取・略取者身代金要求)について

同起訴状記載の公訴事実について、被告人Aはいずれも無罪である。

Aは、前述のように、Xをその父親のもとに連れていくのを手伝って欲しいとBから頼まれて、Xを普通貨物自動車に乗せる逮捕監禁行為に加担したのであるが、Xの身柄を自己あるいは第三者の支配下に継続的におく意思もなかったし、また、Xの身柄を支配することによって財産上の利益を得たり、または、Xの父に身代金を要求する意図も全くなかった。これらの行為について、事前においても事後においても、BやCと共謀したこともないし、さらに、Aがこれらの実行行為の一部を行なった事実も全くない。

 すなわち、A被告人は、逮捕監禁罪について有罪を認めるもののその情状を争い、さらに、営利略取及び略取者身代金要求罪については全面的に無罪を主張するのである。

    被告人と同時に罪状認否をした他の被告人たちも、犯行の一部を否認する意見を陳述した。

     罪状認否に引き続いて、検察官は全被告人に共通の冒頭陳述を行い、さらに全被告人に共通の証拠として、甲号証九五通及び乙号証四九通を提出した。

     これに対して、A被告を除く被告人たちは、書証の取調べの殆どに同意し、直ちに同意書証の取調べが行われた。

     A被告人の弁護人は、証拠書類についての意見を留保した。そこで、裁判所はA被告人に対する事件の弁論を分離した。

四 当弁護人は、検察官請求の証拠書類について検討した結果、被害者X及びYの全ての供述調書、共犯者とされる者の全ての供述調書を含む、大部分の証拠書類を不同意とする予定で、その旨を記載した意見書を期日外に提出した。

     ところが、その間に、裁判所は被告人と共犯関係に立つとされる、E、D、F及びGに対して、起訴状記載のとおりの公訴事実を認定して有罪判決を言渡した。そして、それぞれの判決において、裁判所は、弁護人が不同意とする予定の証拠書類に記載された事実を全面的に採用して、A被告人を同被告人が無罪を主張している営利略取の事実についての共犯者と認定したのである。

五 以上のとおりであり、本件裁判所は、弁護人が証拠とすることに同意せず未だ取調べられていいない――その大部分は将来的にも証拠として採用される余地のない――証拠の内容を熟知し、しかもその内容の信用性を全面的に肯定して、A被告人が本件公訴事実について全て有罪であることを認定しているのである。

     たとえ弁論を分離して形式的には別の事件であることを理解したとしても、全く事実関係を同じくする事件について、詳細に内容を検討した証拠の影響を排除することは、いかに事実認定について専門的な経験と研鑚を積み重ねた裁判官であっても不可能であり、しかもその影響は、すべてが記述可能という訳ではなく、裁判官の訴訟指揮や他の証拠の信用性に対する評価なども含めて、捉えがたい微妙な影響をも惹起するのである。

     証拠による事実認定の過程は、aという証拠によればAという事実が認定され、bという証拠でBという事実が認定されるというような単純なものではない。証拠と認定事実の相互関係はきわめて複雑微妙なものであって、たとえば、aという証拠は、bという証拠にcという評価を与え、結果として、Cという事実が認定されるということも十分ありえる。これは極めて単純化したモデルであって、それぞれの証拠は他の証拠の証拠評価に影響を与える他、裁判官による証拠の採否そのものや訴訟指揮上の態度その他にまで微妙な影響を与えかねないのである。判決書中の証拠に関する説示は、その過程のごく一部、しかも記述可能な部分を記載しうるにすぎないのである。このような心証形成上のプロセスを全て意識したうえ、その一部分を(コンピュータのデータを書き換えるように)自らの脳裏から抹殺するという心理的操作を完全に成し遂げることを神ならぬ人に期待することは、不可能であると考える。(「結城殺人事件」の一審判決(有罪)は、共犯者小嶋の公判証言を被告人の有罪を認定する証拠として採用しながら、判決書中ではその信用性について全く言及していない(水戸地下妻判昭五六・一一・一八判時一〇三六―一三九参照)。しかし、その証言内容は不合理で具体性を欠いたものである。二審の破棄無罪判決(確定)は、この点について「原審は、共同審理をし、小嶋の関係で請求され取調べをした捜査官調書の具体的な内容を知っていたためであろうか、小嶋証言は、被告人らの面前における具体的な証言の回避に過ぎないと考え、それ以上の疑問を持たなかったもののようである」と指摘している(東高判昭五八・六・二二判時一〇八五―三〇、三七頁参照)。これなどは、証拠として採用されていない資料が裁判官の心証形成に事実上極めて重大な影響を与えている一例であろう。)。

 本件裁判官らについて、刑事訴訟法二一条一項の「不公平な裁判をする虞」があることは明らかである。

     なお、最高裁判所は、裁判官が共犯事件等に関与していても、その一事をもって「不公平な裁判をする虞」があるとはいえないとの一連の判断をしているが、これらの判例はいずれも三〇年以上も前の判例であるうえ、次にのるように事案の内容も本件とは異なる。

最三判昭二八・一〇・六刑集七‐一〇‐一〇八八

上告理由として起訴状一本主義違反(刑訴法二五六条四項)違反と憲法三七条一項違反が主張された例。書証の同意・不同意の有無は明らかでない。

最三判昭三一・九・一八刑集一〇‐九‐一三四七

公職選挙法違反事件で、被供与者の公判審理に関与しても、供与者側の事件に関与しても忌避事由があるとは言えないとした。

最三判昭三一・九・二五刑集一〇‐九‐一三八二

申立人に対する背任事件と社会的事実関係を同じくする民事事件に関与した裁判官が合議体の一員として審判に関与したとしても、その一事をもってしては刑訴法二一条一項にいわゆる不公平な裁判をする虞があるものとは言えないとしたもの。

最三判昭三一・一一・二七刑集一〇‐一一‐一五五八

有罪判決に対する上告棄却判決であり、原審で主張も判断もしていない事項を主張するものであって、適法な上告理由ではないとしたが、傍論として、公職選挙法違反事件で、併合審理される前の相被告人の公判で、同一の証拠を予め調べた事実があったとしても、この一事をもってしては憲法三七条一項に違反するものとは言えないとした。

最三判昭三六・六・一四刑集一五‐六‐九七四

忌避事件に対する特別抗告事件であり、適法な抗告理由ではないとして棄却したが、傍論として、合議体の構成員のうち二人が共犯者に対して有罪判決をしたという事実だけでは忌避の原因とはいえないとした。

 

七 以上のとおりであり、本件三裁判官において「不公平な裁判をする虞」が存在することは明らかであるから、忌避を申立てる。

 

                                                                       以上