2005920

最高裁判所 御中

              強制わいせつ致傷

              被告人 ○○○○

 

                                                                       弁護人 高   野    隆

特別抗告申立書

上記事件につき東京地方裁判所裁判官がなした平成1799日付保釈却下決定に対し弁護人が準抗告を申し立てたところ、同裁判所刑事第13部は同月13日付でこれを棄却した。弁護人は、以下の理由により、同棄却決定に対し特別抗告を申し立てる。

1 原決定は刑訴法891号が憲法及び国際人権規約に違反しないとした点で憲法及び国際人権規約の解釈を誤っている

刑訴法891号は短期1年以上の懲役又は禁固にあたる罪で起訴された被告人から一律に保釈の権利を奪うものである。弁護人は、この規定の立法過程を詳述してこれが甚だしく不合理な規定であって、憲法と国際人権規約に違反するものであることを詳しく論じた。原決定は何の理由も示さずにこの規定は「合理的理由があり、憲法等に何ら違反するものではな[]」と言ってわれわれの主張を退けた。われわれには原決定が言う「合理的理由」が何を指すのか全く想像できない。法律の規定の憲法適合性について判断をする以上、その理由を国民に向けて示すのは裁判所の基本的な役割であろう。東京地方裁判所の裁判官がこの役割を放棄した以上、われわれは最高裁判所の裁判官にそれを求めざるをえない。

1 保釈は憲法及び国際人権規約が保障する基本的権利である

日本国憲法34条は、「何人も、正当な理由(adequate cause)がなければ、拘禁され[ない]」と定めており、身柄の拘束は十分に正当性が証明された根拠がある場合にはじめて認められるべきことが示されている。これは、被疑者・被告人も含めた全ての者について身柄不拘束が原則であることを宣言した上で、その制約を「正当な理由」ある例外的な場合に限る旨を規定したものである。本条の立法経緯を見ても、戦前の日本において人身の自由の侵害が恣意的に行われてきたとの認識のもと、その重大な人権侵害をふたたび繰り返すことのないよう、より高いハードルを国家の側に要求し、個人が国家刑罰権の対象とされて嫌疑を受けても身柄の拘束については必要最小限度にとどめるべきことを憲法により保障しようとした意図を汲み取ることができる。

また、憲法34条は、膨大な資源と権力を持った国家と対峙する個人(刑事被告人)に、防御のための手続上の権利を実質的に保障し、もって公正な裁判の実現を担保しようとするために設けられたものでもある。訴追側の請求に応じて公判開始前から被告人を長期間拘禁し、社会から隔離してその必要な防御活動を妨げてしまうのでは、憲法32条や37条で保障される公正な裁判を受ける権利や証人審問権等の刑事被告人の基本的権利を実質的に侵害することになる。

さらに、保釈は無罪推定原則を実質的に保障するものである。裁判で有罪が証明されるまでは無罪の者として扱われる権利は、適正手続を保障した憲法31条及び公正な裁判を保障した憲法371項が当然に保障しているものである。現在の日本の実務は「人質司法」と呼ばれて内外から厳しい批判を浴びているが、自白して無罪推定を破った被告人については保釈を認め、防御権の当然の行使として事実を真摯に争っている被告人には保釈を認めないというのでは、保釈制度は自白強要の手段に他ならないというべきである。このような実務は、無罪推定原則はおろか、黙秘権の保障までも形骸化させるものである。

すべての刑事被告人が裁判によって有罪を宣告されるまで無罪の推定を受けることは、世界人権宣言111項、市民的および政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という)142項により世界的に認められた原則となっている。そして、自由権規約93項では「裁判に付される者を抑留することが原則であってはなら[ない]」とし、保釈が刑事被告人の権利であり、逮捕勾留された被告人であっても公判開始前に釈放されるのが原則であることを明示しているのである。

このように、保釈は、日本国憲法及び国際人権法によって認められた基本的な権利なのである。

2 保釈を拒否する正当理由

それでは、憲法34条にいう「正当な理由」とは何か。日本国政府が国連に寄託している公定英訳文によればそれはadequate causeであり、すなわち、十分な正当化根拠がなければ国家は個人を身体拘束することができない。単純に拘禁目的に合理性が認められるだけでは足りず、他の方法ではその目的が実現できないことが証拠によって示されなければならない。

最高裁判所大法廷平成17914日判決は、国民の選挙権やその行使を制限するには「制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならない」と言い、続けてこう説示した。

そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとは言えず、このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは、[憲法]に違反すると言わざるを得ない。

国民の選挙権は「議会制民主主義の根幹をなす」(上記大法廷判決)重要な基本権であるが、身体の自由は全ての権利、全ての自由の根幹をなす最も基本的な権利であって、その制約が参政権よりも緩やかになされて良い理由はどこにもない。身体の自由の制約はやむを得ない事由がある場合に限られるべきであり、それを拘束することなしには刑事裁判の公正を確保することが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、この「やむを得ない事由」があるとは言えないと言うべきである。

国際人権法では、刑事被告人が身柄を拘束されるのは、「裁判その他の司法上の手続のすべての段階における出頭及び必要な場合における判決の執行のための出頭」(自由権規約93項)を確保するためであり、被告人の拘束が訴追側の有罪立証のために設けられた制度ではないことが明文上明らかにされている。また、刑事被拘禁者に対する処遇についての原則を定めた国連総会決議では、「捜査中もしくは公判中の者の逮捕又は抑留は、法の定めた根拠、条件及び手続の下に司法権の執行のためにのみ行われるものとする。上記の者に対する制限の強制は、厳格に拘禁の目的か、捜査過程への妨害の阻止か、司法の執行のために必要であるか、もしくは収容施設の安全と秩序を維持するため必要がある場合以外、禁止される」(国連総会決議 43/173 被拘禁者保護原則36 べきことが宣言されているのである。

 3 刑訴法891号は憲法と国際人権規約に違反する

昭和28年改正前の刑訴法891号は「被告人が死刑又は無期の懲役若しくは禁固にあたる罪を犯したものであるとき」を権利保釈の除外事由としていた。同年の改正によりこれが「死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁固に当たる罪を犯したものであるとき」に改められた。その主要な狙いは刑法犯中、強姦、営利誘拐、人身売買、強盗などのいわゆる「重罪」の訴追を受けた者を権利保釈から除外しようとするものである(「刑事訴訟法の一部を改正する法律案逐条説明書」参議院法務委員会会議録第24号昭和2833日、16頁)。立案当局者は国会において次のようにこれを敷衍して説明している。

今回この八十九条の関係で第一号を動かしましたゆえんのものは、主として従来法廷等で問題になつた強盗その他が問題でございます。これはその当時、去年からおととしにかけましてしばしば新聞紙上にも出たのであるいは御承知かと思いますが、現に東京の裁判所で権利保釈になりまして出た者が二度目の強盗をやつた、中にはたしか一件だけだつたと思いますが、三回やつたというのを私確かに記憶しております。その当時新聞でも、これはどうも困るじやないか、かんじんな強盗について、いくら権利保釈とはいえそれを防止する方法は何にもないのかということがやはり問題にされまして、現行法としてはどうにもやむを得ない、本人が保釈中は保釈の条件をよく守つて、さようなことをしないようにということを保釈で出すときによく訓戒するほかはしようがないということでお茶を濁しておつたのでありますが、これではどうも収まりがつかない。そこでこれをどの程度のものに限つたらよかろうかということでいろいろ研究いたしたわけであります。考え方といたしましては二年、一年、三年、いろいろあるわけでございますが、いわゆる重罪という観念が短期一年以上で従来もずつと通つておつたわけでありまして、短期一年と申しますと、少くとも一年以上という法定期でございますから、長期はもちろんずつと多いのがございますが、さようなものについては当然権利保釈から除外した方がいいではないか、そうしてわれわれが最も問題としておるただいまの強盗とか営利誘拐とかあるいは人身売買、強姦というようなものも全部権利保釈の除外基準に入つて来るわけでございます。大体その辺のねらいが一番いいのではないか、これが一年ときめた理由なのでございます。(昭和28715日衆議院法務委員会における岡原政府委員の答弁・法務委員会会議録14号、8頁)

この説明に対して議員から特に異論は出されず、改正案は原案のまま可決成立した。

要するに、刑訴法891号は、重罪の訴追を受けた者が保釈中に再犯を犯したことに対する世間の非難をかわすために、重罪で起訴された者を一律に権利保釈から除外しようとするのである。

実に乱暴な法律であり、このような規定が個人の自由を制約する立法として違憲であることは多言を要しないであろう。第1に、この立法は重罪で起訴された者は全員有罪であることを前提として彼らの「再犯」を防止しようとする。この考え方が無罪推定原則と真っ向から対立する考え方であることは言うまでもない。

2に、保釈された被告人うちの何人かが再犯を犯すからと言って、全被告人の保釈を否定する理由にはならない。先に指摘したように、国際人権法や憲法34条の下では「再犯のおそれ」を理由にして保釈を否定することはできない。岡原昌男法務省刑事局長は「東京の裁判所」で保釈された被告人が強盗を「3回やった」というエピソードをあげているが、このような1つの孤立した出来事が、全国にいる膨大な数の被告人の権利保釈を否定する「立法事実」となりえないことはあまりにも明らかである。

3に、この規定は、重罪の再犯を防止するために、その訴追を受けた者を――訴追を受けたというだけで――拘禁しようとするものであり、いわゆる「予防拘禁」以外の何ものでもない。しかも、再犯の高度の蓋然性がある被告人だけを選別するというわけではなく、その基準もその手続も全く考えず、ある訴因で起訴された者は全員「再犯の可能性がある」と擬制し、最初から不必要な拘禁が行われることを肯定しているのである。あなたと同じ罪名で起訴された人の中には再犯を犯す人がいる、だから、あなたも再犯を犯すに違いない、ゆえに保釈は認めない、というのである。これほどにメチャクチャな予防拘禁制度が、身体の拘束について「正当な理由」(adequate cause)を要求する憲法の下で許される余地があるわけはなく、前述した国際人権法の趣旨にも明白に反するものである。

 

ところで、本号の立法目的について、短期1年以上の刑にあたる犯罪で訴追された被告人は「保釈保証金の担保によっては逃亡を防止することができないと定型的に考えられる」ため、これらを権利保釈の除外事由としたしたのだという見解がある(藤永幸治ほか編『大コメンタール刑事訴訟法第2巻』(青林書院1994161[川上拓一]、伊藤栄樹ほか編『新版注釈刑事訴訟法第2巻』(立花書房1997109[河上和雄])。

しかし、この見解は、法律制定の経緯を全く無視し、かつ、立法者である国会が表明した立法目的を気に食わないからと言って単純に否定して、これを自己の都合の良い目的に書き換えようとするものであって、法律解釈の限界をはるかに超えている。むしろ私的な立法行為と言っても良い。解釈者の意図によって議会の意図を恣意的に変えるようなことは国会を「国の唯一の立法機関」とする憲法41条に違反する法解釈である。このような法律解釈が司法権の範囲を越えていることは疑問の余地がない。

そしてさらに、短期1年以上の刑に当たる罪によって訴追された者が「保釈保証金の担保によっては逃亡を防止することができないと定型的に考えられる」という点についても、実証的根拠が何もない。

アメリカのある調査(1971年のニューヨーク市における重罪逮捕者の無作為抽出サンプル2000件を元に作成されたもの)では、最も重い犯罪であるA級重罪で訴追されている者に不出頭者は1人もおらず、また不出頭者全体の3分の2は、前科前歴がなく、かつ最低級(D級またはE級)の訴追を受けている者である、という興味深い報告がなされている(Hans Zeisel, The Limits of Law Enforcement, pp.201-227 (1982))。つまり、この報告では、重罪であればあるほど不出頭率が低下することが明らかにされているのである。日本において、同様の研究がなされたことはなく、論者が言う、重罪であれば逃亡のおそれが高くなるという論理は、いわば「憶測」に過ぎない。憶測によって人の自由を拘束して良いわけはない。

 

ヨーロッパ人権裁判所は、2000年と2001年に相次いで、日本刑訴法891号と類似のイギリスの法律をヨーロッパ人権条約53項に違反するとの判決を下している(Caballero v. The United Kingdom, (32819/96) [2000] ECHR 52 (8 February 2000), S.B.C. v. THE UNITED KINGDOM (39360/98) [2001] ECHR 396 (19 June 2001))。これらの判決は、ヨーロッパ人権委員会[1]がキャバレロ対連合王国事件で1998年に採択した報告書 (Caballero v. the United Kingdom, No. 32819/96, Report of the Commission, 30 June 1998)に依拠している。事案は次のようなものである。イギリスの1994年刑事司法及び公共秩序法第25(Section 25 ot the Criminal Justice and Public Order Act 1994)は、殺人、殺人未遂、強姦、強姦未遂の罪で有罪判決を受けた者が再度これらの罪によって起訴されたときには、保釈は許可されない旨を規定していた。キャバレロは、1987年に故殺罪で有罪判決を受け刑の執行を受けたが、1996年に強姦未遂の罪で逮捕され、訴追された。彼の保釈申請は1994年法の適用を受けて却下され、公判の結果強姦未遂について有罪判決を受けた。国内の不服手続終了後に、キャバレロは1994年法がヨーロッパ人権条約53項に違反するとしてヨーロッパ人権裁判所に申立てを行った。ヨーロッパ人権条約53項はこう規定している。

***逮捕又は抑留された者は、裁判官又は司法権を行使することが法律によって認められている他の官憲の面前に速やかに連れて行かれるものとし、妥当な期間内に裁判を受ける権利又は裁判までに釈放される権利を有する。釈放に当たっては、裁判所への出頭が保障されることを条件とすることができる。

ヨーロッパ人権委員会は、殺人等によって訴追された被告人の保釈を一律に否定する1994年法は条約53項に違反すると宣言した。同委員会はその理由を次のように述べている。

裁判官は、被告人本人を直接審問したうえで、無罪推定原則に正当な留意を払いつつ、被告人の自由を尊重するというルールからの逸脱を正当化する、公共の利益に基づく真正な要請が存在するか否かに関する全ての事情を検証しなければならない。これらの事情は釈放申請についての決定の中に提示されなければならない。例えば、被告人の逃亡の危険性は、予想される刑の重さのみに基づいて判定されてはならない。再犯の危険性について言えば、前科は釈放の拒否を正当化する事由としては十分ではない(The Report of the Commission, id., para 43. Citation omitted.)。

イギリス政府は委員会の決定の後の手続では条約違反を争わず[2]、人権裁判所は委員会の報告書に基づいて条約違反を宣言した(Caballero v. The United Kingdom, (32819/96) [2000] ECHR 52 (8 February 2000), para. 21; S.B.C. v. THE UNITED KINGDOM (39360/98) [2001] ECHR 396 (19 June 2001), para.18.)。

ヨーロッパ人権条約53項と国際人権規約93項とは同趣旨の規定である。ヨーロッパ人権裁判所の判例にわが国の裁判所が従う理由はないが、その解釈は人権規約の解釈としても十分に説得的であり、参照されてよい。

 

このように、刑訴法891号は、国会の明示した立法目的によっても、また、その後の救済的解釈論によっても、不合理な法律であることは否定しようもなく、自由の尊重を保障した憲法13条や、正当な理由のない被告人の拘禁を禁じた憲法34条に違反する。そして、公判前の保釈の権利を定めた自由権規約93項や無罪推定を受ける権利を定めた同規約142項や世界人権宣言111項に明らかに違反するのである。

2 原決定は刑訴法894号が憲法及び国際人権規約に違反しないとした点で憲法及び国際人権規約の解釈を誤っている。

刑訴法894号は「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」を権利保釈から除いた。われわれはこの規定は不合理な目的で保釈を否定するものであり、かつ、基準が曖昧であって恣意的な身柄拘束を防止することが困難なものであって、憲法や国際人権規約に違反すると根拠を挙げて主張した。原決定は、われわれの主張の根拠に反論することを全然せずに、同条1号と一括して「合理的理由があり、憲法等に何ら違反するものではな[]」と述べた。ここでもわれわれは原決定が言う「合理的理由」の意味が理解できないので、最高裁判所の見解を求めざるを得ない。

1 「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」は身体拘束の「正当な理由」とならない

真実の発見が刑事裁判の目的の一つであり、証拠の隠滅が刑事裁判における真実の発見にとっての障害になることは明らかである。しかし、だからと言って証拠の隠滅を防止するために被告人の身柄を拘束することに合理性があると言うことにはならない。

第1に、証拠の隠滅を行なう可能性があるのは被告人だけではない。検察官や警察官が証拠隠滅行為をする可能性もあるし、現にそのような事例も後を絶たない(大坂高判昭60621判タ562-195、大坂高判昭63422高刑集41-1-123、大坂高判昭61428判時1201-3、東京高判昭6186判時1200-42、日弁連『捜査機関による調書等捏造事件調査報告書』自由と正義37-7-921987)など参照。)。また、被告人以外の関係者が証拠隠滅行為をする場合もある。これらの者たちと比較して、被告人が証拠隠滅を行なう蓋然性が特に高いという訳でもない。

それにも拘らず、被告人に限って、「無罪推定原則」に対する例外を設けて、実際に証拠隠滅行為を行なう前に、単にそのような行為をする「おそれ」や「相当な理由」があると言うだけで行動の自由を制約することに合理性はあるだろうか。しかも、わが国の刑法は自分の刑事事件に関する証拠を隠滅しても処罰しないという立場を取っているのである(刑法104条参照)。法の態度として明らかにアンバランスである。いずれにしても、被疑者被告人についてだけ、罪証隠滅の防止を理由とする拘禁を認める制度は、明らかに不合理な差別といわなければならない。

第2に、罪証隠滅のおそれのある捜査官や第三者を拘禁するならまだしも、被疑者・被告人を拘禁するのは不当である。なぜなら、彼らは一般の人々よりもずっと自由を必要としているからである。彼らは、犯罪者として訴追を受けているのであって、その行動の自由が制約されることによって、防御上あらゆる不利益を被ることになるのである。この意味で、罪証隠滅の防止を目的とする未決拘禁は、被疑者被告人の防御権(憲法31条、372項、3項)に対する不合理な制約である。

未決拘禁制度を研究する研究者も古くから「罪証隠滅の防止」を未決拘禁の目的とすることに反対する見解を表明してきた。無罪推定原則と当事者主義的訴訟の訴訟構造をとるわが国の刑事司法においては、身体拘束の手段たる逮捕・勾留の目的は、被疑者・被告人の逃亡を防止して公判への出頭を確保することであって、証拠隠滅行為の防止ということはその目的たりえないからである(平野龍一「人身の自由」国家学会雑誌64-2=3-1331951)、151152頁、中島卓児『勾留及び保釈に関する諸問題の研究』司法研究報告書8-91957)、147148頁など)。民事裁判の原告が「被告によってこちら側の証人に働きかけがなされる恐れがある」と言って、反対当事者である被告の身柄の拘束を裁判所に求めることができるとしたら、どうだろうか。そのようにして行われる裁判を公正な裁判ということができるだろうか。刑事訴訟の場合は、訴追側には証拠の収集保全のために様々な強制手続を行う権限が与えられ、膨大な国家予算がその実施のために投じられているのである。権限も資源もない一個人である被告人の手足を縛る必要性はより一層少ないのであり、そのようなことをすれば実質的当事者対等はますます損なわれるのである。「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」を保釈の除外事由とすることは、公正な裁判の実現をかえって阻害するのである。

2 刑事訴訟法894号は過度に広範かつ曖昧であるゆえに憲法34条の「正当な理由」となりえない

この「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当の理由」という文言は、被告人の行動予測を伴う多義的な概念を内包するものであり、本号の運用が恣意的になされる危険性があることは明らかである。本号には、裁判官による濫用的運用に対する歯止めがなく、個人の身体の自由を拘束する根拠規定としては過度に広範かつ曖昧な立法である。

本号が恣意的に運用されていることはもはやまぎれもない事実である。本件がそうであるように、被告人が罪証隠滅行為を行う具体的徴候が何もないにもかかわらず、否認しているとか、供述が曖昧だとか、不一致だと言って保釈を認めない裁判官があまりにも多い。検察官の立証が終わっていないといって保釈を却下する裁判官もいる。刑訴法の立案にも関わった横井大三元最高裁判事は、本号の存在によって「権利保釈それ自体にはじめから大穴が開いていた」と述懐された(横井大三「刑事訴訟法40年の軌跡――法令の歩み」ジュリスト930-9452頁(1989)。この「大穴」は近時ますます広がるばかりであり、保釈は実際のところ「権利」ではなくなってしまったのである。

このような恣意的な運用を許している規定は、もはや解釈によってその運用を正すことは不可能というべきであり、違憲の規定といわざるを得ない。

3 刑訴法894号の合憲限定解釈

従来から権利保釈の除外事由としての罪証隠滅の相当な理由については、具体的な事実に基づく高度の蓋然性でなければならず、単なる抽象的な罪証隠滅の可能性では足りないと言われてきた。このことは本号の立法過程からも言うことができる。

旧刑事訴訟法には権利保釈の規定はなく、保釈を許すかどうかは裁判官の裁量に任されていた(旧刑訴116条)。そして「罪証を隠滅する虞あるとき」は保釈を取消すことができると定められていた(同119条)。現行刑訴法の政府提出法案は旧法と同様に「罪証を隠滅する虞があるとき」を権利保釈の除外事由と定めていたのである。これに対して衆議院で異論が出された。

中村俊夫委員 ***私が最もおそれるのは、やはりこの「被告人が罪証を隠滅する虞あるとき。」という場合です。というのは、御承知の通りこの改正では被告人の黙秘権を強く認めております。從つて今より否認事件が続出してくるだろうということが想像されるのです。そうすると今までの取扱いは事件を否認するものは絶対に保釈を許してくれませんでした。それとこの第四号とは相結んで被告人が罪証を隠滅するおそれがあるということにして、許されないようになりはしないか。それから第四号は、そういう簡單な言葉になつておるのですが、保釈の取消しの場合に、九十六條の被告人が逃亡したとき、逃亡もしくは罪証を隠滅すると疑うと足りる相当な理由があるとき取消すことができるいう意味の規定は、四号を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると保釈を許さないという規定にする。ここにこういう規定がむしろ必要であつて、その方が取扱い方が丁寧じやないかと考えられるのですが、この点について重ねて政府の御意見を承りたいと思うのであります。***

野木新一政府委員 ***なるほど八十九條第四号におきまして、被告人が罪証を隠滅するおそれがあるときは必ずしも保釈を許さなくてもいいという建前になつておりまして、この運用のいかんによつては、保釈ということはほとんどなくなるだろうという御心配も一應ごもつとものように存じますが、刑事訴訟法の應急措置法の施行された後においては、格別八十九條のような規定がなかつたわけでありますけれども、すでに保釈に対する裁判官の考え方が大分違つておりまして、昔よりも保釈の数がずつと殖えている。從いまして、今度この案によりまして、八十九條のような規定がおかれまするならば、「罪証を隠滅する虞があるとき。」という解釈も、実際の適用面におきましては、ずつと今までと違つてきまして、現行刑事訴訟法当時のような運用には万々なることはないのではないかと思つておる次第であります。(昭和23621日第2回国会衆院司法委員会議事録37号)

榊原千代委員 ***第八十九條の第四号「被告人が罪証を隠滅する虞があるとき。」という規定でございますが、これは裁判官の主観的な判断によるものでございましようか。お伺いいたします。

野木政府委員 判断は主観的と申しましようか、裁判官が判断することになるわけでありますけれども、その判断は少くとも合理的でなければならない。その資料とするところのものは、だれが見てもその資料に基けば大体罪証を隠滅すると認められる場合というような場合でありまして、そういう場合においてはある意味で客観的と申せるかと思います。(昭和23624日第2回国会衆院司法委員会議事録40号)

 

 このように政府委員は保釈の判断が恣意的になることはない、保釈が否定されるのは「だれが見てもその資料に基けば大体罪証を隠滅すると認められる場合」に限られるはずだと太鼓判を押したのである。しかし、議員たちは政府委員の答弁に満足せず、超党派の修正案を提出して、894号を「***と疑うに足りる相当な理由があるとき」と改めたのである。鍛治良作議員は提案理由をこう説明している。

 ***この虞れありというだけでありますと、あらゆる場合が含まれますので、これを理由に保釈を拒絶せられることが多いと考えましたので、でき得るだけこれを嚴格に定むべきものだと考えまして、「隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」と改めて、相当な理由を明示し得るとき、または明示するにあらざれば拒否できないということに改めたのであります。(昭和23630日衆院司法委員会議事録46号)

 

この修正案が可決採択されて、現行法の条文となったのである。この立法の経緯に照らせば、「……疑うに足りる相当な理由」は単なる「おそれ」では足りないことは勿論であり、それは「だれが見ても……大体罪証を隠滅すると認められる場合」でなければならず、「相当な理由を明示し得るとき、または明示するにあらざれば拒否できない」筋合いのものである。刑訴法894号の漠然とした規定を合憲的に限定解釈するためには、このような立法の経緯を十分に考慮する必要がある。

そしてさらに、わが国が批准している国際人権規約B規約93項の解釈も参考にすべきである。同条項は、「裁判に付される者を抑留することが原則であってはならず、釈放に当たっては、裁判その他の司法上の手続のすべての段階における出頭及び必要な場合における判決の執行のための出頭が保証されることを条件とすることができる。」と規定している。この趣旨は未決勾留の目的が公判への出頭の確保であるべきこと及び原則として保釈が与えられることにある。

国際人権法上も身体拘束を認める基準は「司法権の行使を妨げる客観的な危険がある場合」であり、罪証隠滅行為等により司法権の行使が妨げられるか否かにつき、明白かつ現在の危険の基準("the test of substantial reason for believing danger of interfering with the course of justice"ヨーロッパ議会閣僚委員会1980627日決議など)によって判断されている。よって、刑訴法894号の「相当な理由」が認定されるには、明白かつ現在の危険を基礎付ける事実が検察官によって証明される必要がある。

この基準の妥当性は、表現の自由と経済的な自由についての二重の基準論を前提として、それらの自由よりもさらに人間にとって重要な問題であると考えられる人身の自由については、表現の自由や経済的な自由に用いられる違憲審査基準よりもより高度な基準が用いられるべきであるということからもあきらかである。少なくとも、それらの権利の違憲審査に頻繁に用いられる「より制限的でない他に選びうる手段の基準(いわゆるLRAの基準)」と同等の基準は用いられるべきであることはあきらかであり、「罪証隠滅の虞が払拭できない」というような理由で保釈を拒否している現在の運用が妥当でないことは明白である。

それでは、「明白かつ現在の危険」を基礎付ける具体的な事実とはどのような事実を指すのだろうか。いくつか具体例を挙げて検討してみる。

起訴された犯罪事実の性質(いわゆる「罪質」)はこれに当たらない。なぜなら、あらかじめ訴追事実があったことを仮定して、《そのような罪を犯した人間ならば、罪証隠滅行為を行なうに違いない》という推論を行うことは、無罪推定の原則に明白に違反するからである。

被告人が訴因を否認する供述を行なっていることはどうか。これを「明白かつ現在の危険を基礎付ける具体的な事実」として「相当な理由」の根拠とすることも許されない。なぜなら、ここでも推論の過程で《被告人が有罪であること》を前提としており、無罪推定原則に違反するからである。のみならず、否認という供述態度を保釈の拒否=拘禁の継続の理由とすることは、保釈制度を自白強要の道具とすることを意味する。裁判官が捜査官による自白強要に手を貸すことになるのである。そして、否認供述は、被告人が罪を争っているということを意味するに過ぎず、そこから彼または彼女による具体的な証拠隠滅行為の蓋然性を裏付けることは不可能である。

検察官側の証拠の取調べが済んでいないことが「明白かつ現在の危険を基礎付ける具体的な事実」となり「相当な理由」に当たらないことも明白である。保釈制度は公判開始前に被告人が釈放されている状態を原則として確保するための制度である。検察官の証拠の取調べが済むまで釈放されないのであれば、この制度の意義の大半は失われてしまう。検察側の証拠調べが済むまで保釈を認めないという運用は、被告人の防御権を著しく損なうものであることも言うまでもない。このような運用の結果、被告人は、反対尋問権を放棄することを強いられ、不本意なそして虚偽であるかもしれない証拠の取調べに同意するのである。この運用は、被告人の公正な裁判を受ける権利を著しく侵害している。そして更に、検察側証拠の取調べが未了であるという事実は、そのような証拠が公判に提出されるまでに隠滅行為の対象になるかもしれないという抽象的な蓋然性を示すに過ぎないのである。

結局「相当な理由」とは、被告人自身による具体的な行為あるいは被告人を取り巻く特殊具体的な状況が、彼または彼女自身による具体的な罪証隠滅行為を相当の蓋然性をもって示唆する場合に限られるのである。例えば、被告人が留置場から証人予定者に対して偽証を依頼する手紙を出しているとか、面会に来た者に対して証拠物の隠匿を指示したというような場合である。

このような限定解釈をして辛うじて本号は合憲でありえる。しかし、原決定はこのような合憲限定解釈を試みることもせず、同号には「合理的理由がある」と言って合憲判断をしてしまった。

まとめ

刑訴法894号は最も自由を必要としている刑事被告人から「証拠隠滅の防止」という不合理な理由で自由を奪うものである。同号は、裁判官による恣意的な運用に対する歯止めが全くない、過度に広汎かつ曖昧な基準によって個人の自由を奪うものである。同号は憲法及び国際人権規約に違反する。

さらに、同号を合憲限定解釈するならば被告人による罪証隠滅行為が具体的に高度の蓋然性をもって予想されるような場合でなければならない。

原決定は、われわれの指摘に全く答えることもせず、同号の合憲限定解釈もせずに、何らの論証もせずに「合理的理由がある」と言って合憲判断をした。原決定に憲法及び国際人権規約の解釈を誤った違法があることは明白である。

3 原々決定も原決定も法律が要求する理由を示さずに被告人の保釈を却下しており、これは憲法31条、32条、34条に違反し、かつ、最高裁判所の判例に違反する

刑事訴訟法44条は上訴が可能な決定には「理由」を付さなければならないものとしている。そして保釈却下決定は上訴が可能な裁判である(刑訴法429条1項2号)。また、保釈却下決定に対する準抗告棄却決定も上訴が可能な裁判である(刑訴法433条)。上訴が可能な裁判に理由の記載を要求するのは、裁判官の判断を慎重にさせ、上訴権を有する者に対して原裁判を批判する手がかりを与え、防御の対象を限定し、かつ、裁判の真の理由を誤りなく上訴審の審理の対象とすることを確保させるためである。こうすることによって実質的に上訴権すなわち裁判を受ける権利(憲法32条)が保障されるのである。

原決定は「本件事案の内容、性質、被告人の供述状況などに照らせば、現段階において被告人を保釈した場合、被告人が関係者らに働きかけるなどして、本件罪体や犯行に至る経緯等について、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当の理由がある」として刑事訴訟法89条4号を引用する。しかし裁判所が、本件事案の内容のどの部分を根拠に罪証隠滅のおそれを推測しているのか、本件事案の性質をどのように捉えているのか、被告人の供述のどのような状況を問題にしているのかが、皆目見当がつかず、これではとても被告人が十分な訴訟活動を行えるだけ明確に争点が摘示されているとは言えない。また、このような抽象的な理由では、全く説得的でなく、紛争の解決にもおよそたどり着かず、到底裁判の「理由」とは言えないのである。

保釈却下決定に記載されるべき「理由」は裁判所が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」と判断したその根拠となる「理由」でなければならない。そのような理由の記載がなければ上訴権者である被告人は原裁判を批判する手がかりが全く得られなくなるからである。「本件事案の内容、性質、被告人の供述状況に照らせば」被告人を保釈した場合に「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」というだけでは、被告人は原決定の真の理由がわからない。これでは上訴権が実質的に保障されたとは言えないのである。

最高裁判所第二小法廷昭和38年5月31日判決は、次のように述べて、所得税青色申告書についてなされた更正処分並びに審査決定の附記理由が不備であるとした(民集17―4―617)。

一般に、法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものであるから、その記載を欠くにおいては処分自体の取消を免かれないものといわなければならない。ところで、どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由附記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきであるが、所得税法(昭和三七年法律六七号による改正前のもの、以下同じ。)四五条一項の規定は、申告にかかる所得の計算が法定の帳簿組織による正当な記載に基づくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがない旨を納税者に保障したものであるから、同条二項が附記すべきものとしている理由には、特に帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすることを必要とすると解するのが相当である。しかるに、本件の更正処分通知書に附記された前示理由は、ただ、帳簿に基づく売買差益率を検討してみたところ、帳簿額低調につき実際に調査した売買差益率によつて確定申告の所得金額三〇九、四二二円を四四四、六九五円と更正したというにとどまり、いかなる勘定科目に幾何の脱漏あり、その金額はいかなる根拠に基づくものか、また調査差益率なるものがいかにして算定され、それによることがどうして正当なのか、右の記載自体から納税者がこれを知るに由ないものであるから、それをもつて所得税法四五条二項にいう理由附記の要件を満たしているものとは認め得ない。

また、所得税法四九条六項が審査決定に理由を附記すべきものとしているのは、特に請求人の不服の事由に対する判断を明確ならしめる趣旨に出たものであるから、不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしなければならない(昭和三六年(オ)第四〇九号、同三七年一二月二六日第二小法廷判決参照)。もつとも、審査の請求を棄却する場合には、その決定通知書の記載が当初の更正処分通知書または再調査棄却決定通知書の理由と相俟つて原処分を正当として維持する理由を明らかにしておれば足りるというべきである。ところが、本件審査決定通知書に附記された理由をみるのに、前示のごとき記載だけでは、所得税法四九条六項の理由附記として不十分であるのみならず、本件更正処分通知書に附記された理由が処分の具体的根拠を明確にしていないことは前段説示のとおりであり、小石川税務署長のした再調査棄却決定通知書に附記された前示理由によつても更正を相当とする具体的根拠が明確にされているものとは認められないから、結局、本件審査決定の理由もまた、違法といわなければならない。

 

最高裁判所第三小法廷昭和47年12月5日判決は、次のように述べて法人税青色申告についてした更正処分が理由附記の不備のため違法であるとした(民集26―10―1795)。

……本件更正の附記理由をみるのに、その更正通知書の理由欄に、係争事業年度所得の加算項目として、(1)営業譲渡補償金計上もれ一一五五万円、(2)認定利息(代表者)計上もれ一万九八三九円、清算所得の加算項目として、(3)残余財産価格の違算分四〇〇〇円、(4)代表者仮払金三九万六八九〇円、(5)営業譲渡補償金九〇五万円と記載されていることは、原判決の適法に確定するところである。所論は、右各項目のうち(1)(5)の記載は、「被上告会社は訴外日興証券株式会社に営業を譲渡した対価として二五〇万円を清算所得に計上していたが、被上告会社代表者山田豊が右訴外会社から受領した借入金三〇〇万円、嘱託料二九〇万円、手数料三一五万円、計九〇五万円も右営業譲渡の対価であるのにこれが脱漏しており、営業譲渡の対価の総額は一一五五万円と評価されるので、これを加算すること」および「九〇五万円は営業譲渡の対価の債権であること」を端的に要約したものであり、また、(2)(4)の記載は、「被上告会社の前記山田豊に対する仮払金と立替金についての認定利息が一万九八三九円であること」および「被上告会社の山田豊からの受入未済金が三九万六八九〇円であること」を端的に明らかにしたものであると主張する。しかし、(3)を除く前記各加算項目の記載から、右主張のごとき更正理由を理解することはとうてい不可能であり、その記載をもつてしては、更正にかかる金額がいかにして算出されたのか、それがなにゆえに被上告会社の課税所得とされるのか等の具体的根拠を知るに由ないものといわざるをえない。

してみると、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申立の便宜を与えることを目的として更正に附記理由の記載を命じた前記法人税法の規定の趣旨にかんがみ、本件更正の附記理由には不備の違法があるものというべきである。

最高裁判所第一小法廷昭和49年4月25日決定は、旧法人税法(昭和22年法律第28号)25条9項による青色申告書提出承認取消処分の通知書に附記すべき理由の程度について次のように述べている(民集28―3―405)。

よつて、考えるに、旧法人税法二五条は、その八項において、青色申告書提出承認の取消し(以下、単に承認の取消しという。)の事由を一号ないし五号に掲げる五つに限定したうえ、その九項において、右取消しをしたときは、その旨を当該法人に通知し、その通知の書面には取消しの基因となつた事実が同条八項各号のいずれに該当するかを附記しなければならないものと定めている。同法が承認取消しの通知書にこのような附記を命じたのは、承認の取消しが右の承認を得た法人に認められる納税上の種々の特典(前五事業年度内の欠損金額の繰越し、推計課税の禁止、更生理由の附記等)を剥奪する不利益処分であることにかんがみ、取消事由の有無についての処分庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、取消しの理由を処分の相手方に知らせることによつて、その不服申立てに便宜を与えるためであり、この点において、青色申告の更正における理由附記の規定(同法三二条)その他一般に法が行政処分につき理由の附記を要求している場合の多くとその趣旨、目的を同じくするものであると解される。そうであるとすれば、そこにおいて要求される附記の内容及び程度は、特段の理由のないかぎり、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して当該処分がされたのかを、処分の相手方においてその記載自体から了知しうるものでなければならず、単に抽象的に処分の根拠規定を示すだけでは、それによつて当該規定の適用の原因となつた具体的事実関係をも当然に知りうるような例外の場合を除いては、法の要求する附記として十分でないといわなければならない。

この見地に立つて旧法人税法二五条の規定をみるに、同条八項各号に掲げられた承認取消しの事由は、青色申告制度の基盤をなす納税者の誠実性ないしその帳簿書類の信頼性が欠けると認められる場合を類型化したものであるが、具体的事案においていかなる事実がこれに該当するとされるのかは必ずしも明らかでなく、特に同項三号の取消事由は極めて概括的で具体性に乏しいため、取消通知書に同号に該当する旨附記されただけでは、処分の相手方は、帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性が疑わしいとされた理由が、取引の全部又は一部を隠ぺいし若しくは仮装したことによるのか、それともそれ以外の理由によるのか、また、右の隠ぺい又は仮装が帳簿書類のどの部分におけるいかなる取引に関するのか等を、その通知書によつて具体的に知ることはほとんど不可能であるといわなければならない。のみならず、承認の取消しは、形式上同項各号に該当する事実があれば必ず行なわれるものではなく、現実に取り消すかどうかは、個々の場合の事情に応じ、処分庁が合理的裁量によつて決すべきものとされているのであるから、処分の相手方としては、その通知書の記載からいかなる態度、程度の事実によつて当該取消しがされたのかを知ることができるのでなければ、その処分につき裁量権行使の適否を争う的確な手がかりが得られないこととなるのである。

以上の点から考えると、同条九項後段の規定は、その文言上だけからは、一見、取消しが同条八項各号のいずれによるものであるかのみを附記すれば足りるとするもののようにみえないでもないけれども、このような解釈が前記理由附記の趣旨、目的にそうものでないことは明らかであり、他方、そのような不十分な附記で足りるとする特段の合理的理由も認められないのである(取消しを行なう処分庁としては、既に具体的な取消事由についての調査を経ているはずであるから、これを具体的に処分の相手方に通知すべきものとしても、さほど困難な事務処理を強いられるものとは考えられない。)から、同条八項三号におけるように該当号数を示しただけでは取消しの基因となつた具体的事実を知ることができない場合には、通知書に当該号数を附記するのみでは足りず、右基因事実自体についても処分の相手方が具体的に知りうる程度に特定して摘示しなければならないものと解するのが相当である。このように解しても、必ずしも所論のいうように同条項の文理及び立法経過と相容れないものということはできないし、また、同条項が前記青色申告の更正の理由附記に関する規定とその形式を異にする点も、承認取消処分と更正処分の性質、内容の違いを考慮すれば、いまだ右の解釈を妨げる根拠とするに足りない。

所論は、承認の取消しに当たつては、それに先行する税務調査の過程で帳簿書類の不備、不正の点が具体的に問題とされ、承認取消処分と同時に更正処分が行なわれるのが通例であつて、これにより、処分の相手方は具体的な取消事由を十分了知することができるから、そのうえ更に、取消通知書に右事由を附記させるべき合理的理由はないと主張する。しかし、税務調査の過程において帳簿書類の不備等が指摘されたとしても、これにより処分庁が最終的判断としていかなる事実を取消事由と認めたのかを知りうるものではなく、また、承認取消処分が常に理由の附記された更正処分を伴うとも限らないのであるから、取消通知書に事実の附記がなくても処分の相手方が具体的な取消事由を知りうるのが通例であるとは、とうてい認めることができない。所論は、更に、一般的には取消しの基因となつた事実を附記すべきであるとしても、少なくとも処分の相手方において現実に右事実を了知し、かつ、これを自認していたような場合には、その附記を要しないものと解すべきである旨主張するが、右附記を命じた規定の趣旨が、処分の相手方の不服申立てに便宜を与えることだけでなく、処分自体の慎重と公正妥当を担保することにもあることからすれば、取消しの基因たる事実は通知書の記載自体において明らかにされていることを要し、相手方の知、不知にはかかわりがないものというべきである。

以上によれば、単に「法二五条八項三号に該当する。」と附記されているにすぎない本件承認取消しの通知書は、法の定める附記の要件を欠くものというほかなく……。

最高裁第三小法廷昭和60年1月22日判決は、海外渡航のための一般旅券発給申請に対して外務大臣が「旅券法13条1項5号に該当する」との理由を付記した書面をもってこれを拒否したという事案について、これだけでは同法14条の理由付記の要請を満たしておらず違法な処分であるとした。

……旅券法が右のように一般旅券発給拒否通知書に拒否の理由を付記すべきものとしているのは、一般旅券の発給を拒否すれば、憲法二二条二項で国民に保障された基本的人権である外国旅行の自由を制限することになるため、拒否事由の有無についての外務大臣の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、拒否の理由を申請者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものというべきであり、このような理由付記制度の趣旨にかんがみれば、一般旅券発給拒否通知書に付記すべき理由としては、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して一般旅券の発給が拒否されたかを、申請者においてその記載自体から了知しうるものでなければならず、単に発給処分拒否の根拠規定を示すだけでは、それによって当該規定の適用の基礎となった事実関係をも当然に知りうるような場合は別として、旅券法の要求する理由付記として十分でないといわなければならない。この見地に立って旅券法一三条一項五号をみるに、同号は「前各号に掲げる者を除く外、外務大臣において、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」という概括的、抽象的な規定であるため、一般旅券発給拒否通知書に同号に該当する旨付記されただけでは、申請者において発給拒否の基因となった事実関係をその記載自体から知ることはできないといわざるをえない。したがって、外務大臣において旅券法一三条一項五号の規定を根拠に一般旅券の発給を拒否する場合には、申請者に対する通知書に同号に該当すると付記するのみでは足りず、いかなる事実関係を認定して申請者が同号に該当すると判断したかを具体的に記載することを要すると解するのが相当である。(民集三九―一―一、四頁)

最高裁判所第一小法廷平成4年12月10日判決は、被上告人が「東京都公文書の開示等に関する条例」五条に基づき文書の開示を求めたところ上告人(東京都知事)が「条例九条第八号に該当」との理由を付した書面によりこれを拒否した処分について、このような非開示決定は条例七条四項が定める理由付記の要件を欠き違法であるとした(判例地方自治110―55)。

……本条例が右のように公文書の非開示決定通知書にその理由を付記すべきものとしているのは、都民と都政との信頼関係を強化し、地方自治の本旨に即した都政を推進することを目的とするものであって、実施機関においては、公文書の開示を請求する都民の権利を十分に尊重するべきものとされていること(本条例一条、三条参照)にかんがみ、非開示理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保してそのし意を抑制するとともに、非開示の理由を開示請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものというべきである。このような理由付記制度の趣旨にかんがみれば、公文書の非開示決定通知書に付記すべき理由としては、開示請求者において、本条例九条各号所定の非開示事由のどれに該当するのかをその根拠とともに了知し得るものでなければならず、単に非開示の根拠規定を示すだけでは、当該公文書の種類、性質等とあいまって開示請求者がそれらを当然知りうるような場合は別として、本条例七条四項の要求する理由付記としては十分でないといわなければならない。

 

これら一連の最高裁判例は行政による不利益処分に関する判例であり、刑事手続に関する判例ではない。しかし、だからと言って、刑事手続において被告人に不利益な処分をする決定の理由は、概括的抽象的なものでも良いとか単に法律の条数を上げるだけで良いと言うことにはならない。保釈を拒否して身体を拘束する裁判の理由としては単に根拠条文を示しあるいは「事案の内容」とか「被告人の供述態度」などと言えば良いと言うことにはならないはずである。

これらの最高裁判例で問題となった個人の権利や利益――財産権、青色申告の特典を受ける利益、海外渡航の自由、そして、公文書にアクセスする権利――とここで問題となっている個人の権利や利益――身体の自由――とを比較した場合、いずれの権利や利益がより重要であり、その剥奪が個人の生活に深刻な打撃を与えるだろうか。

最高裁の一連の判例の背後には、国家が個人の権利や利益に対して重大な侵害を行う場合には、その決定においてその事実上の根拠と理由を具体的に明示しなければならないという「自由な社会」の存立にとって不可欠の基盤が横たわっているのである。たんなる概括的、抽象的な説明だけで、国民の基本的権利を奪うことは許されない。そのような国は自由を尊重する国とは言えない。

原決定は上にあげた最高裁判所判例の最も基本的な精神に違反すると言わなければならない。

また、原決定は、裁判に理由を付することを要求する刑訴法44条に違反し、被告人の上訴権を侵害するものであり、裁判を受ける権利を保障する憲法32条、理由なくしては拘禁されないことを規定する憲法34条に違反する。そして、原決定は、結局、法律の定める手続によらずに被告人の自由を奪うものであって、憲法31条にも違反する。

おわりに

わが国の保釈率はかつて50%を超えていた。ところが戦後の期間を通じて保釈率は年々下落の一途を辿った。2003年の司法統計によると保釈率は12.6%まで下がってしまった(後掲のグラフ参照)。これは主要先進諸国の数字と比較して異常なまでに低い数字である。1997年と1998年のイングランドとウェールズの統計によると、裁判所段階で無条件で釈放されている者が28%、何らかの条件付きで釈放されている者が53%、保釈不許可の者が19%である(三島聡「イングランド・ウェールズの保釈制度」季刊刑事弁護24-722000)、75頁)。マサチューセッツ州ボストン市裁判所、フロリダ州デイド・カウンティ裁判所、アリゾナ州マリコパ・カウンティ裁判所が1984年に扱った事件の保釈(公判前釈放)の調査結果によると、最初の司法官への引致の段階(逮捕後概ね24時間以内)において出頭誓約書による釈放命令[3]又は保釈金納付等による条件付釈放命令[4]の合計が9798%である。すなわち、保釈が拒否されるのは23%である(John S. Goldkamp, et.al., Personal Liberty and Community Safety: Pretrial Release in the Criminal Court, Plenum Press, New York, 1995, p84)。保釈金の納付ができないために拘禁が継続される被告人が存在するが、それでも8割以上の被告人が逮捕から90日以内に釈放されている (id., p86)

保釈中の被告人が逃亡や再犯などを犯して保釈が取消される割合を比較してみよう。1967年の保釈取消率[5]1.33%であった。この数字も年々下降していき、2003年には実に0.23%となった。これはほとんどゼロと言っても良い数字である。これに対してアメリカの統計を見てみると、前出のボストン、デード、マリコパの3箇所の統計をみると保釈中の被告人の不出頭率は820%、再逮捕率は713%である(Goldkamp, et.al., op. cit., p90)。

そもそも人が、他人の行動を完璧に予測することは不可能である。一件の保釈取消も発生させないためには全員の保釈を認めないことしか手段はない。しかし、保釈は憲法上、国際人権規約上認められた権利である。つまり、憲法も国際人権規約も、保釈取消が一切発生しない制度を要求していないのである。むしろ、保釈取消件数が一定数以上存在することは、その国の未決拘禁が過剰に行われていないことを示す指標なのであり、数パーセントの保釈取消事例が必ずあることがその国の未決拘禁制度の健全さを担保していると言えるのである。限りなくゼロに近い保釈取消数へ向けて突き進んでいるわが国の保釈制度は不気味であり、病的である。

長年わが国の刑事裁判の現場で実務をリードしておられ、現在は法科大学院で後進の指導に当たられている木谷明元判事は最近の著書の中で率直にこう言われた。

現在の実務の流れをどこかでくい止めなければ、今にどうにもならない事態に逢着するのではないかと、私は危惧感を持っています。現状は、いわゆる「人質司法」となっており、このままでは被告人が公訴事実を否認することが事実上できなくなってしまうのではないかと心配しています。(木谷明『事実認定の適正化――続・刑事裁判の心』(法律文化社2005)、93頁)

 



[1] 人権裁判所の実質審理を受けるためには人権委員会によって事件受理の決定を受ける必要がある。

[2] イギリス政府は、1998年犯罪及び騒乱法56(Section 56 of the Crime and Disorder Act 1998)によって1994年法を改定した。改正法は、「当該手続において保釈は許可されない」という従来の文言を改めて、「当該手続において保釈は、保釈の可否を審査する裁判所又は、事案が許す場合には、警察官が、保釈