平成六年(わ)第一六二号     覚せい剤取締法違反

 

                     準抗告申立書

 

                                           被 告 人   

 

                一九九四年三月三一日

 

                                           弁 護 人                 

 

浦和地方裁判所         御中

 

                           申立の趣旨

 

右被告人に対する覚せい剤取締法違反被告事件について、一九九一年三月三一日浦和地方裁判所裁判官大島淳司がした保釈却下の裁判を取り消し、被告人の保釈を許可する旨の決定を求める。

 

                           申立の理由

 

原裁判は、被告人には刑訴法八九条三号の事由があるとして保釈の申請を却下したが、この認定判断には事実誤認及び法令の適用の誤りりがあり、かつ職権による保釈を認めなかった判断も著しく不当である。以下にその理由を述べる。

 

    被告人には刑訴法八九条三号に該当する事由はない

同号にいう「常習として長期三年以上の懲役又は禁固にあたる罪を犯したものであるとき」とは、そのような罪により起訴された場合をいうとされるが、被告人が本件訴因である覚せい剤取締法違反の罪(覚せい剤の自己使用罪)を常習として犯したものであるとする根拠はない。

    「被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁固にあたる罪をおかしたものであるとき」とは、被告人が一定の重大犯罪を反復累行する性癖を有する者であり、かつ、この性癖の発現として右のような罪を犯した場合を言う。したがって、本号該当性が認められるためには、まず第一に、被告人がこのような同種事犯を反復累行する性癖を有する者であることおよび本件訴因がこの性癖の発現であることが、立証されなければならないのである。

     薬物の使用罪の「性癖を有する者」の典型例は、薬物依存者であるが、本件被告人が薬物依存者でないことは証拠上明らかである。被告人には覚せい剤依存者にしばしばみられる幻覚や被害妄想等の症状は全くないし、その外に肉体依存(physical dependency)や精神依存(psychic dependency)を示唆するいかなる兆候もみられない。

     被告人は、彼女の肉体を求める男の要求に従う際に、いわばそれに付随して覚せい剤を彼に注射してもらっているすぎない。彼女の方から覚せい剤を求めて山田正のもとに赴くということは皆無である。自宅に覚せい剤使用のための注射器等があったのは、山田が夫の留守中に自宅を尋ねてきた際に覚せい剤を使用することを何度か繰り返すうちに自分用の道具を自宅に隠しもつようになったためである。

     被告人には、一〇年前に山田から覚せい剤を注射してもらったことを内容とする前科がある。しかし、この前科のみによって被告人の「性癖」を認定することが許されないのは言うまでもない。

     被告人はこの前科となった事実によって保護観察付執行猶予の判決を宣告されたのち、この猶予期間を無事に過ごしたほか、今日まで何らの前科も前歴もない。一九九三年一〇月に被告人の実母が入院した後ころから、被告人と山田は再び接近し同年一一月ころから山田は被告人に覚せい剤を勧めるようになり、その後、山田が覚せい剤を所持するときには、覚せい剤を使用して肉体関係を結ぶということが何度かあったのである。覚せい剤を使用するかどうかは山田次第なのであるからその頻度は当然一定していない。今回訴因となった事実の時のように、同じ日に複数回使用することもあれば、一ヶ月間も全く使用しないということもあるのである。覚せい剤の使用の「性癖」のある者であれば、一定期間のうちには必ず覚せい剤を使用するという推移をたどるはずである。

     被告人の腕には、確かに注射痕がある。しかし、注射痕ができるかどうかはその人の体質などにもよるのであって、注射痕があれば必ず常習者であるという訳ではない。被告人のばあいには、てんかんの継続的な治療を受けており、注射や点滴を受けることも度々あった。また、被告人は少量の覚せい剤を数回に分けて使用するというタイプの使用方法を用いているために、覚せい剤の使用量に比較して、注射針を皮膚に挿入する回数が通常の何倍にもなるのである。したがって、本件被告人の腕の注射痕は、「常習性」の有力な根拠とは言えないのである。

     後記のように刑訴法八九条三号は違憲の規定であると考えるが、仮に本号が合憲であるとしても、常習性の認定においても「疑わしきは被告人の利益に」の原則が適用されるべきである。刑訴法八九条三号が合憲であるとすれば、同号の「常習性」は、単なる証拠の優越ではなく、明白で説得的な証拠に基づいて認定されることが必要であると言わなければならない。原裁判は、被告人の一〇年前の前科などの不十分な証拠でもって、彼女を「常習性」のある覚せい剤使用者であると決めつけている。このような認定態度は違法である。

 

    刑訴法八九条三号によって保釈を拒絶するには、単に狭い意味での「常習性」が認定されるだけでは足りない。保釈保証金をはじめ如何なる保釈条件を設定しても被告人の公判廷への出頭を確保できないことが立証されて、はじめて同号による保釈の拒絶は正当化されるのである。このように解さないかぎり同号は明らかに違憲・無効である。なぜなら、同号を単なる「予防拘禁」の規定と解することは憲法に違反するのであり、同号を合憲的に限定解釈するとすれば、同号の趣旨は、後記のとおり「常習として前記の罪を犯した者に対しては、一般に厳しい刑事処分が予想されるうえ、これらの者はその規範意識が著しく鈍磨しているから、釈放すれば保証金の没取を意に介することなく所在不明になるおそれがとりわけ強いので、法は、これらの者に対しては、権利としての保釈を許さないことにした」と理解するほかないからである。

    そうであるとするならば、たとえ重大犯罪を犯す性癖の認められるものであっても、規範意識の鈍磨の程度が著しくなく、また、保釈保証金没取の威嚇によって裁判所への出頭確保ができないような事態とは言いがたい場合には、刑訴法八九条三号には該当しないといわなければならないからである。

     本件被告人が、覚せい剤の常習性のゆえに、厳しい刑罰が予想されあるいは規範意識が著しく鈍磨しているという証拠はどこにもないし、いかなる保釈条件を課しても公判廷に出頭しない恐れがあることを認定すべき証拠もない。

     原裁判は、このような保釈拒絶の正当化事由の必要性について全く考慮を払っていない。原裁判が前提とする本号の解釈は憲法に違反する。

 

被告人は刑訴法八九条三号に該当しない。

 

    刑訴法八九条三号は憲法一三条(行動の自由)、二二条(居住・移転の自由)、三一条(無罪の推定)、三四条(理由なき身柄拘束からの自由)、三七条一項(公平な裁判を受ける権利)及び同条三項(弁護人の援助を受ける権利)に違反する。

    刑訴法八九条三号は「被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁固にあたる罪を犯したものであるとき」を権利保釈の除外事由とするが、これには合理的な根拠が全くない。

     同号が保釈制度の理論的根拠に基づくものではなく、政策的な根拠に由来する規定であることは周知の事実である。すなわち、学説上も「保釈中にふただび犯罪に陥る者の多い現状に照らして設けられた刑事政策的規定であるが、勾留の本旨からいえば、疑問がある」(団藤重光『刑事訴訟法綱要七訂版』四〇三頁)と考えられている。

     立案当局者は本号により「再犯の防止」を考慮したようであるが(松尾浩也『刑事訴訟法上』一九二頁)、そうだとすれば、同号は、有罪判決によらず、「常習者」という単なる単なる身分に基づいて人の自由を拘束する「予防拘禁」の規定であることが明らかであって、前記憲法の諸条項に違反することが明白である。

 

    また、この事由のある者が、保釈保証金によって防止しきれないほど逃亡の危険性が高いという根拠はどこにもない。アメリカでの社会学的な調査の結果でも、勾留の基礎となっている犯罪の種類や予想される刑罰の軽重と釈放後の逃亡の危険性との間には何らの相関関係もないことが明らかになっている。

     木谷明判事は「常習として前記の罪を犯した者に対しては、一般に厳しい刑事処分が予想されるうえ、これらの者はその規範意識が著しく鈍磨しているから、釈放すれば保証金の没取を意に介することなく所在不明になるおそれがとりわけ強いので、法は、これらの者に対しては、権利としての保釈を許さないことにした、と考えるわけである」と説明する(「権利保釈の除外事由、勾留更新回数制限除外事由としての常習性の意義及びその認定方法」『新版令状基本問題』三七六、三七七頁)。しかし、等しく「常習性」を前提として、これと全く正反対の命題を定立することも可能なのである。すなわち、「常習として罪を犯した者は、その規範意識が著しく鈍磨しているため、有罪判決を受け厳しい刑事処分を科されることは意に介さないから、所在不明となったり裁判所に出頭しないおそれは普通の被告人よりとりわけ少ない」と。また、次のような命題も成り立つ。「常習として罪を犯したとして裁判を受ける者は、有罪となれば厳しい判決が予想されるので、何はさておいても裁判には出頭しなければならないと考えるので、逃亡する率はその外の被告人よりも少ない」と。

     いずれにしても、何ゆえに常習犯人について逃亡のおそれが強度であるかを実証的に論じたものは何処にもない(小瀬保郎「権利保釈の制限」『捜査法大系U』二一七、二二頁)。近年の実証的研究は、むしろ犯罪の常習性や刑罰の厳しさなどと被告人の逃亡のおそれとの間には何の相関関係もないことを明白に示しているのである。

     たとえば、一九七一年にニューヨーク・カウンティで保釈された三〇七人について行われた調査の結果によると、起訴された犯罪の性質、有罪の場合の刑罰などは逃亡の可能性とは無関係であることが明らかになっている(Ebbesen & Konecni,"An Analysis of the Bail System " in The Criminal Justice System : A Social - Psychological Analysis (1982)p.196  渥美東洋『刑事訴訟法』一九五頁参照)。われわれの実務的な感覚に照らしても、例えば軽微な交通事犯や入管法違反事件ののような形式犯の被告人の方が、重大な犯罪で起訴された被告人よりも公判をすっぽかしあるいは所在不明となるケースが多い。

 

本号の不合理性は明白である。

 

以上の諸点に照らし、原裁判を取り消し、被告人の保釈を許可するよう弁護人は申し立てる。

以上

 

                                 付属書類

 

    被告人の一九九四年三月三一日付け弁護人に対する供述調書