準 抗 告 申 立 書
被 疑 者
右の者に対する電磁的公正証書原本等不実記録、同供用被疑事件について、浦和地方裁判所裁判官が平成一一年七月三〇日になした接見禁止決定に対し、準抗告を申し立てる。
一九九九年七月三一日
弁 護 人
同
同
申立の趣旨
一 原決定を取り消す。
二 検察官の接見禁止等請求を却下する。
との裁判を求める。
申立の理由
原審は、被疑者とその妻及び弁護人以外の者との接見及び文書の授受を全面的に禁止しながらその理由を全く述べていない。
刑事訴訟法四四条は上訴が可能な決定には「理由」を付さなければならないものとしている。そして接見禁止決定は上訴が可能な裁判である(刑訴法四二九条一項二号)。上訴が可能な裁判に理由の記載を要求するのは、上訴権を有する者に対して原裁判を批判する手がかりを与え、防御の対象を限定し、かつ、裁判の真の理由を誤りなく上訴審の審理の対象とすることを確保させるためである。こうすることによって上訴権は実質的に保障されるのである。
原決定には「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるから」との一節がある。しかし、これは刑事訴訟法八一条が規定する接見禁止の要件と同じことをそのまま述べただけであり、接見禁止決定をする以上裁判所がそのような要件の存在を認めたことは判りきったことである。それは裁判の結論に過ぎないというべきであって、裁判の「理由」とは言えない。接見禁止決定に記載されるべき「理由」は裁判所が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」と判断した「理由」でなければならない。そのような理由の記載がなければ上訴権者である被告人は原裁判を批判する手がかりが全く得られなくなるからである。
「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」というだけでは、被告人は原決定の真の理由がわからない。結局、決定に不服がある被告人は、考えられうる理由をあれこれ忖度して、それらが否定される所以を一々述べて上訴を申し立てなければならない。しかも、それが原決定の真の理由であるという保障は全くない。これでは上訴権が実質的に保障されたとは言えないのである。
原決定は、裁判に理由を付することを要求する刑訴法四四条に違反し、被告人の上訴権を侵害するものである。そして、原決定は、結局、法律の定める手続によらずに被告人の自由――外部の者と交通する自由――を奪うものであって、憲法三一条にも違反する。
原決定は、被疑者が自分の妻以外の者と接見したり信書や物の授受をすることを一律に禁止するものであるが、このような一般的な外部交通の禁止は日本国憲法一三条及び三四条に違反する。
何人も他者の訪問を受けて面談し、他人と信書や物の交換をする自由を持っている。この自由なくして社会生活は成り立たないのであって、この自由は個人の基本的な人権として国政のあらゆる側面において最大の尊重を受けなければならない(憲法一三条)。そして、この自由は未決拘禁を受けている者にも保障されているのであって、正当の理由なくしてこの権利を奪われてはならない(憲法三四条)。被拘禁者処遇最低基準規則九二条は「未決被拘禁者は……家族もしくは友人と通信し、または、これらの者の訪問を受けるために必要な便宜をすべて与えられるものとし、これは、裁判及び施設の安全・秩序のために必要な制限・監督だけに服する」と定め、国連被拘禁者保護原則一九も「拘禁又は収容された者は、法律又は法律に基づく規則によって特定された合理的な条件及び制限に従って、特に家族との間ではその訪問を受け、交通する権利を有し、外部社会と交通する充分な機会を与えられなければならない」と定めている。
最高裁大法廷昭和五八年六月二二日判決(民集三七ー五ー七九三)は「未決勾留は、前記刑事司法上の目的のために必要やむをえない措置として一定の範囲で個人の自由を拘束するものであり、他方、これにより拘禁されている者は、当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障されるべき者である」と判示し、最高裁第三小法廷平成三年七月九日判決(民集四五ー六ー一〇四九)は、この大法廷判決を引用して、次のように説示している。
未決勾留により拘禁された者……は、(ア)逃亡又は罪証隠滅の防止という未決拘禁の目的のために必要かつ合理的な範囲において身体の自由及びそれ以外の行為の自由に制限を受け、また、(イ)監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が認められる場合には右の障害発生の防止ために必要な限度で身体の自由及びそれ以外の行動の自由に合理的な制限を受けるが、他方、(ウ)当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障される。
すなわち、最高裁判例によれば、未決拘禁による自由の制限が求められるのは次の二つの場合に限られる。
@ 「逃亡又は罪証隠滅」を防止するために必要かつ合理的と認められる場合にその限度で制約を受ける。
A 監獄内の規律及び秩序の維持のうえで放置することのできない程度の障害が生ずる相当程度の蓋然性が認められる場合に、その発生を防止するために必要な限度で制約を受ける。
しかし、右@とA以外の関係では、一般市民と同様の自由を保障される、と最高裁判所は明言しているのである(具体的な事案との関係でも、被拘禁者と幼年者との接見を認めても「被上告人が逃亡し罪証を隠滅するおそれが生ずるとも、……監獄内の規律又は秩序が乱されるおそれが生ずるとも認められない」として、幼年者との接見を制限する監獄法施行規則一二〇条及び一二四条は監獄法五〇条の委任の範囲を超えた無効の規定であるとしたのである。)。
被疑者の外部交通を一律に禁止することが右最高裁判所が定立した「必要やむをえない措置」の基準を超えることは明かである。本件接見禁止の対象となるのは被疑者の弁護人と妻を除くすべての者である。その中には被疑者の両親を初めとする親族、会社の同僚、友人などさまざまの人が考えられるのであり、これらの人々と接見させることが被疑者の罪証隠滅行為を助長したり、拘禁施設の安全と秩序を破壊する危険があるとは到底考えられないからである。
すなわち、接見禁止決定というものが憲法の保障する市民的自由に対する必要やむをえない制限措置として合憲性を肯定されうるためには、少なくともその禁止の対象が個別具体的に特定されていなければならないのである。そもそも、刑訴法八一条は接見の制限を事前の司法審査に委ねた令状主義の規定である。したがって、裁判官は個別の接見や授受毎に制限の適否を審査しなければならないのであって、具体的で高度の罪証隠滅等の蓋然性が具体的な証拠によって認定されるときに始めて接見禁止決定を出しうるのである。そのような個別審査をせずに一律全面的に接見や授受を制限することは法の趣旨にも反するのである。
村井敏邦教授は「本条のように一律に接見の全面禁止を認める規定の合理性には疑いを生じる」として、次のような限定解釈を試みている。
接見や差入れを許可することによって逃亡や罪証隠滅の可能性があることを示すに足りる、具体的な事実が存する場合にのみ、接見・差入れの禁止・制限は認められると解釈する必要がある。
具体的な接見・差入れの内容ごとの、具体的な事実による理由付けが必要であることから、接見や差入れの全面禁止処分は、原則として違法と考えるべきであろう。とくに接見禁止については、一部の接見禁止の限りでのみ許されると解すべきである。(小田中聡樹・大出良知・川崎英明編著『刑事弁護コンメンタール1』(現代人文社、一九九八年)、七四頁[村井敏邦])
本件において、被疑者の両親や友人知人のいずれであれ被疑者と接見することによって被疑者の罪証隠滅行為を助長することなどありえないのであって、本件のような一律全面的な接見禁止が合憲であるはずはない。
本件の容疑は、被疑者が○○自動車販売株式会社△△支店の取引先の一つである有限会社××産業が実体のない営業所を栃木県内に作り、それに基づいて営業用車両の使用の本拠に関する登録を変更する手続をしたという事案である。
平成一一年六月二九日に○○本社及び××支店に対する捜索差押が行われ、その結果、○○自動車販売が管理する××産業の自動車に関する販売記録や整備記録のほとんどは押収されている。また、△△支店長をはじめ○○自動車販売の関係者は今後も捜査に全面的に協力することを約束している。
そして被疑者はこの捜索のときに本件容疑のあることを知ったが、罪を免れるために関係者に働きかけたり、関係証拠を隠滅したりしたことは全くない。その後の任意出頭の要請にも応じているし、更に被疑者は、今後も弁護人の立会いなしに事件関係者らと接触しないこと、その他弁護人の指導監督に服することを誓約している。
被疑者の上司である××支店長も被疑者の動静を注視する旨約束している。
被疑者の知的レベルから考えても、性格からしても、自由を失い、裁判で決定的に不利になることを覚悟の上で彼がこの誓約を破るとは考えにくい。
弁護人ら申し立てた準抗告に対して、浦和地方裁判所第一刑事部は、平成一一年七月二六日付決定で次のように述べて準抗告を棄却している。
本件は、右のように相当回数にわたって行われた犯行である上、登録申請代理人等として複数人の関与が認められるなど組織的に敢行された疑いも存すること、被疑者は、登録場所の確保、申請行為等の犯行の中枢部分に関与していること、平成八年七月一九日付け埼玉陸運支局長に対し前記運送会社の本社営業所を被疑者方(借家)に新設した旨の事業計画変更認可申請書が提出されているところ、これの裏付けとなる賃貸借契約書が偽造されていること、犯行の際に使用された被疑者名義の印鑑等が発見されておらず、隠滅された可能性があることなどに加えて、被疑者のあいまいな供述内容、さらには現在までの捜査の進捗状況等に照らすと、被疑者には犯意の存否、本件各犯行に対する関与の態様など犯罪の成否や犯情にかかわる重要な事実についてその罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が認められる。
しかし、勾留状別紙追番八、九記載の「○×△」は○○自動車販売の下請けの陸送屋であり、また、同一〇記載の×△□は○○のフロント係であって、いずれも実質的に自動車登録にかかわったわけではなく、他の用があって行けない被疑者に代わって書類を持参してもらったに過ぎない。「組織的に敢行された疑い」などというのは全くの言いがかりである。被疑者が「登録場所の確保、申請行為等の犯行の中枢部分に関与している」というのも、被疑者の供述内容が「あいまい」であるというのと同様、裁判官が捜査官の主張のみを鵜呑みにして、一方的に決めつけているのに過ぎない。
また、「賃貸借契約の偽造」にしても、被疑者がそのようなことに関与した事実はなく、被疑者は契約書に書き込んだ後書類一式を××産業代表者の×△□に手渡したに過ぎないのである。
更に、自動車登録申請に使用された印鑑が「隠滅された可能性」についても、被疑者がボールペンにシャチハタの判がついたものを紛失したに過ぎないのである。被疑者は書類に自ら押印したことを認めており、「隠滅された可能性」などというのは裁判官の憶測以外の何物でもない。
○○自動車販売やその支店が「車庫飛ばし」に組織的にかかわっていたことなどないのであり、同社支店長の□○△は当初から警察の捜査に全面的に協力しており、こらからも協力することを約束している。
罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があることは勾留の要件であるから、刑訴法八一条の規定する「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」を勾留の場合のそれと同一に解すると、その理由によって勾留された被告人は常に接見を禁止されることになり、同法八〇条等が被告人と弁護人以外の者との接見等を原則として自由に認めていることと矛盾する。したがって、「同法第八一条にいわゆる罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとは、被告人が拘禁されていても、なお罪証を隠滅すると疑うに足りる相当強度の具体的事由が存する場合でなければならないと解すべきである」(京都地決昭四三・六・一四判時五二七―九〇、九一頁)。そして「それが被疑者に対する重大な心理的苦痛をももたらすものである点に鑑み、極めて慎重に、最小限度の運用にとどめるべきことはいうまでもない」(大阪地決昭三四・二・一七下刑集一―二―四九六、四九七頁)。しかも、弁護人以外の者と接見には立会いがあり(監獄法施行規則一二七条一項)、信書は検閲される(同一三〇条)のであるから、それでもなお罪証を隠滅する虞があるというのは極めてまれな筈である。
高木俊夫判事は、罪証隠滅の虞を理由に接見禁止を認める場合として「一般論として組織的犯罪に加わった場合において、あるいは強力な組織の一員として犯罪を犯した嫌疑が濃い場合において拘束下におかれた被疑者、被告人が他と通謀して罪証の隠滅を計る虞がある場合などがあげられよう」と言っている(高木俊夫「接見禁止の要件」判タ二九六―二七八(一九七三年))。
前掲京都地裁決定は、被告人とつながりのある暴力団の構成員と推測される者が、被告人の勾留間もないころに被害者に対して「このことは取り下げろ」と申し向けて罪証隠滅工作を図った事実があったとしても、「被告人らがかつて、そのような行為に出たことの一事をもって、現に勾留されている被告人らに右と同様な行為による罪証隠滅工作をする疑いがあると即断することはできない」として(判時五二七、九一頁)、接見禁止決定を取り消した。
浦和地裁平成三年六月五日決定は、覚せい剤自己使用の被疑事実を被疑者が全面的に否認し、被疑者には真新しい注射痕も認められないという事案について、接見を許せば他人をして「被疑者の知らない間に、同人の飲み物に覚せい剤を入れた」旨の供述をさせることが可能であるとの検察官の主張を「抽象的な可能性にすぎず、直ちに接見禁止を首肯する理由にはならない」と説示して退けた(判タ七六三―二八七、二八八頁)。
これらの事案と比較したとき、本件被疑者が他者に働きかけて罪証隠滅行為をする蓋然性は格段に低いことは多言を要しないだろう。被疑者は身体を拘束されたことによって、すでに精神的に計り知れない苦痛を味わっているのである。このうえさらに接見禁止決定を受け苦痛を増幅されなけばならないほどに罪証隠滅をすると疑うに足りる強度の具体的危険性があるとは到底思えないのである。
先の準抗告棄却決定によれば、被疑者は「あいまいな」供述をしている。要するに捜査官が意図する供述を被疑者はしていないというのである。このような場合接見禁止のもたらす弊害は著しく大きい。「接見禁止は被疑者を孤立させて、自白を強要するための基礎的な条件を提供する」(下村幸雄「被疑者の接見交通の制限」同『刑事裁判を問う』(勁草書房、一九八九年)、三七頁)。したがって「接見禁止決定は、いやが上にも慎重にし、且つ、最小限度の運用に止めなければならない」(同、三八頁)のである。
よって、原決定は取り消され、検察官の接見禁止請求は却下されなければならない。
付属書類
一 ×△□の一九九九年七月三〇日付弁護人に対する供述調書写し
二 弁護士相澤和美の一九九九年七月三〇日付報告書
以上