2006年9月4日
最 高 裁 判 所 御 中
覚せい剤取締法違反 被疑者 ○○○
弁 護 人 高野 隆
特 別 抗 告 申 立 書
上記事件について、東京地方裁判所刑事第14部所属裁判官高橋康明が検察官の勾留請求を却下する決定をなしたところ、検察官は準抗告を申し立てた。同裁判所刑事第7部は、平成18年8月31日付で検察官の準抗告を認容して被疑者の勾留を認める決定をした。弁護人は、同決定に対し、以下のとおり特別抗告を申し立てる。
第1 申立ての趣旨
第2 申立ての理由
1 本件逮捕は憲法33条に違反する。
被疑者は、平成18年8月28日午後7時30分頃、知人の××△に誘われて、同人の運転する乗用車(株式会社△×所有、練馬○○○さ×××)の助手席に同乗し、千葉県千葉市穴川インター付近から新宿方面に赴いた。同日午後9時10分ころ、東京都新宿区大久保3丁目先路上において、警ら中の警察官に停車を求められ、運転していた××△がこれに応じて停車した。警察官は、職務質問を実施するとともに、車内を捜索した。捜索にあたった警察官らは、車内から空のビニール袋とピッキングの道具のようなものが発見されたと言って、××を後部座席に移動させ、彼に代わって乗用車を運転して警視庁戸塚警察署に移動した。この間被疑者は終始助手席に座っていた。
戸塚警察署の駐車場で十数名の警察官が15分ほど車内を捜索したところ、乗用車の中央コンソールボックスとドリンクホルダーの間の隙間から何物かが入ったビニール袋が発見されたとのことである。そして、警察官が覚せい剤の検査を行ったところ、陽性反応があったと言うことだが、被疑者はビニール袋の発見にも立会わせてもらっていないし、検査結果の確認すらも求められていない。彼は本件乗用車の傍らで警察官らと××のやり取りを傍観していただけである。
憲法は身体拘束に関する令状主義(事前の司法審査)の例外として、現行犯人の場合は令状によらずに逮捕することを許している(憲法33条)。現行犯人とは「現に罪を行い、または行い終わった者」をいい、現行犯人を逮捕するのに令状が必要とされないのは、現行犯人は当該犯罪の嫌疑が明白な場合であるから、司法的チェックがなされなくても誤認逮捕のおそれがないからである。嫌疑が明白なゆえに捜査機関の判断に誤りの生ずる余地がないのである。
被疑者を現行犯として令状なしに逮捕するには、逮捕当時に被疑者が犯罪を行っていたことが明白でなければならないのである。ところが、以下のとおり、本件被疑者が覚せい剤を「所持」していたことが明白であったとはとうてい言えないのである。
「所持」(覚せい剤取締法41条の2)とは、①覚せい剤の存在を認識しながら、②それを管理し得る状態におくこと、である。したがって、覚せい剤所持の現行犯人であるためには、①被疑者が覚せい剤の存在を認識していること、及び、②その覚せい剤を被疑者が管理し得る状態に置いていること、が明白な場合でなければならない。
「明白な嫌疑」とは、「相当な嫌疑」や「充分な嫌疑」では足りない(刑事訴訟法210条参照)。犯罪を行っている蓋然性ではなく、疑問の余地なく犯罪を行っていることが必要である。やったのだろうではなくて、現に犯罪を行っていなければならないのである。
しかし、本件逮捕時において、被疑者は、××△から誘われて一時的に、自己の所有物でない乗用車に乗車し、助手席に座っていただけであった。また本件覚せい剤は乗用車の中央コンソールボックスとドリンクホルダーの間の隙間から発見されたのであり、被疑者が手にもっているところを発見されたわけでもない。さらに、被疑者は一貫して覚せい剤の所持を否認している。
なお、被疑者の尿から覚せい剤が検出された事実は、あくまで逮捕後に明らかになったに過ぎず、逮捕時には明らかでなかった事実であり、かつ、覚せい剤を所持した事実とは何ら関係しないのであるから、逮捕時における覚せい剤所持の嫌疑を支える事実として考慮され得ない。
検察官は逮捕前に犯罪歴照会をして被疑者には覚せい剤所持と使用について前科があることを確認したことを主張するが、被疑者に覚せい剤について前科があったとしても、その乗用車内に覚せい剤が存在していることを被疑者が認識していることの理由にはならない。そもそも、人は前科があるから逮捕されるのではなく、その当時にその場所で犯罪の嫌疑があるから逮捕されるのである。
また、被疑者はかつて××△と共謀して覚せい剤を所持し、または使用した事実で検挙されたこともなく、現に被疑者は××△が覚せい剤を所持していた事実を全く認識していなかったのであり、共同所持していたとはいえない。
2 被疑者の勾留には逮捕の先行が必要である(逮捕前置主義)。そして、逮捕前置主義は適法な逮捕を前提としているのであり、先行した逮捕手続が違法な場合、勾留請求は認められない(京都地決昭和44年11月5日判時629号103頁)。本件逮捕手続には憲法33条に違反する重大な違法があるので、その後の勾留は認められない。
近時の裁判例も「本件逮捕時においては・・・所持の『犯人』であることが明白であったとは到底いえない。したがって、『犯人』であることの明白性を要件とする現行犯人逮捕手続をとったことはその要件を欠く違法なものであったといわざるを得ない。・・・してみると、被疑者に対する本件逮捕は違法であり、当該逮捕を前提とする勾留請求についても却下すべきである」とする(千葉地決平成14年12月5日・日本弁護士連合会刑事弁護センター『無罪判例集(第9集)』94―95頁(No.737事件))。
弁護人は、勾留請求に関する意見書において、勾留のための嫌疑の相当性を争うに先だって本件現行犯逮捕の違法を主張している。勾留を却下した原々裁判はこの主張を容れたものである。検察官が提出した「準抗告及び裁判の執行停止申立書(甲)」においても、申立て理由として、現行犯逮捕の違法性に関して嫌疑の明白性について言及がなされている。
そうであるにもかかわらず、原裁判は、単に勾留要件として被疑者が「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」(刑事訴訟法207条が準用する同法60条)場合かどうかを判断したのみで、被疑者の逮捕の適法性(嫌疑の明白性)について何ら判断を示さずに原々裁判を取り消した。
原裁判はこの意味で理由不備の決定と言わなければならない。
以 上