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刑事司法改革の指針となる、内外の判例、国連関係文書等 パウエル判決(抄訳)POWELL v. ALABAMA 287 U.S. 45, 53 S.Ct. 55 (1932) Sutherland 裁判官が法廷意見を述べた。 本件はもともと複数の事件に別れていたが、一緒に口頭弁論が行われ、併合されて一つの事件として判決に至った。 州政府の申立てにより事件は分離され、先に示唆したように、被告人たちは3つのグループに別れて公判審理を受けた。3件とも公判請求されその際に、被告人それぞれについて罪状認否手続が行われた。大陪審の起訴状が朗読され、被告人はそれぞれ無罪の答弁を行なった。最初に行われた罪状認否手続と答弁が無効とされたのかどうかは不明である。3件の公判はいずれも1日で終った。アラバマ州法によれば、強姦罪の刑は陪審が決めるものであり、陪審はその裁量により10年の拘禁刑から死刑までを選ぶことができる。3件の陪審は、被告人たちを有罪とし、全員に死刑を科した。公判裁判所は審理やり直しの申立てを棄却して、陪審の評決どおりの量刑をした。州最高裁判所は、被告人らの上訴を棄却して原判決を認容した。同裁判所のAnderson主席裁判官は、被告人らは公正な裁判を受けなかったとして、強い反対意見を表明した。224 Ala. 524; id. 531; id. 540; 141 So. 215, 195,201. 当裁判所において、原判決は、連邦憲法第14修正に反して、全ての被告人が法の正当な手続と法の平等な保護を拒否されたという理由によって、攻撃されている。細目的には次のとおりである。(1)
彼らは公正、公平かつ慎重な裁判を受けられなかった、(2) 彼らは、恒常的な相談の機会と公判準備の機会を伴う、弁護人の権利を拒否された、(3)
彼らは、自分と同じ人種に属する資格あるメンバーを組織的に排除した陪審によって裁かれた。これらの論点は、下級審において適切に提起され、保持された。 記録によれば、犯行が行われたとされた日、被告人たちは、幾人かの他の黒人とともに、アラバマを通過する貨物列車に乗っていた。同じ列車に7人の白人の少年と2人の白人の少女が乗っていた。黒人たちと白人少年の間に喧嘩が始まった。ギリーという名前の少年を除いて白人の少年たちは列車の外に放り出されてしまった。メッセージが列車の行き先に送られ、喧嘩の件を伝えるとともに、全ての黒人を下車させるように求めた。喧嘩に参加した者たちと二人の少女は屋根のない貨車に乗っていた。二人の少女は、それぞれ、別々の6人の黒人に順番に襲われたと証言し、その中にいた人物として7人の被告人を識別した。被告側の反証として喚問されたギリーの他に、白人少年は誰一人として証人喚問されなかった。 列車がアラバマ州スコッツボロに到着する前に、シェリフの手助けをする警護団が被告人たちと他2名の黒人を拘束した。少女も黒人たちもともに、スコッツボロのカウンティ中心街に連れてこられた。彼らが来ることとその犯罪の内容が予め伝わっていた。彼らはスコッツボロにおいて、大群集に迎えられたのである。被告人らが暴徒により深刻な脅迫を受けあるいは現実に暴徒に襲われる危険があったかどうかは、必ずしも明らかではない。しかし、コミュニティの雰囲気が極めて険悪なものであったことは明らかである。シェリフは、囚人たちの安全を確保するために民兵の出動を要請する必要があると考えた。Anderson主席裁判官はその反対意見のなかで、逮捕や罪状認否手続から量刑手続にいたるあらゆる手続が軍隊の関与のもとに行われたことを指摘している。兵士たちは、安全確保のために被告人たちをガズデンに連れていき、罪状認否手続のために彼らをスコッツボロに連れ戻し、公判を待つあいだ安全確保のためにまた彼らをガズデンに戻し、数日後に行われた公判のためにまた彼らをスコッツボロに護送した。兵士たちは、手続きのあらゆる段階で、裁判所とその敷地を警護した。手続が、その始まりから終わりまで、緊張、敵意そして興奮した民衆感情の雰囲気のなかで進められたことは、抗いようもなく明らかである。その間のすべてにおいて、被告人たちは、厳重に拘禁されあるいは軍隊の警護のもとにおかれた。一人の被告人が19才であったことを除いて、彼の年齢は記録上明らかではない。しかし、彼の殆ど全てが若者であ屡ことを記録ははっきり示しており、彼らは常に「少年たち(“the boys")」と呼ばれていた。彼らは無知であり、文盲であった。彼らはすべて他の州の住民であり、彼の家族や友人もみな他の州に暮していた。 正当な捜査の結果、有罪が証明されるだろうと思われるいかなる被告人といえども、実際に有罪とされるまでは無罪の者と推定されるのである。裁判所は、事件を処理するうえにおいて、いかなる事件についても公正な裁判を受ける機会という必須の要請が拒否されることがないようにする義務を負っている。州の裁判所が、州の制定法や州の憲法に違反したとされる手続違反に関しては、われわれは勿論関知し得ない。われわれが為すことを許される唯一の審査は、連邦憲法に対する違反があったかどうかである……。そして、その点に関しては、すでに示唆したように、われわれは、被告人たちが弁護人の権利(the right of counsel)を実質的に拒否されたかどうか、そしてもしそうだとすれば、そのような拒絶は第14修正のデュー・プロセス・クローズに違反するものかどうかという問題に限定して検討することにする。 第1 記録によれば、大陪審の起訴が決定された直後に罪状認否手続が行われて、被告人たちは無罪の答弁をした。彼らに対して、既に弁護人を選任したか、あるいは選任する能力があるかどうか、そしてまた、弁護人を任命して欲しいかどうか、そしてさらには、友人や親戚のなかにこの点について助けてくれる者がいるかどうか、ということが問われたことがないことは明らかである。被告人らに対して家族と連絡をとり、弁護人を探してもらえるようにするための合理的な機会を与えることが無意味な儀式ではなかっただろうことは、有罪判決後すぐに彼らのために有能な弁護人が登場した事実によって示されている。この点は、Anderson主席裁判官の反対意見のなかに指摘されている。「彼らは被居住者であり、」主席判事は言う、「そして他の2州に散らばっている家族や友人と連絡をとる時間も機会も殆どなかった。そして、彼らの有罪判決の後すぐに登場した弁護人の人数やその活動ぶりからみて、その後の経過は、もしも公判審理が合理的に延期され、十分な機会が被告人たちに与えられていたならば、彼らは有能な弁護人の弁護を受けていたに違いないということを如実に示しているのである。」224
Ala., at pp. 554 弁護人の権利というものを認めるのであれば、被告人には彼自身の選ぶ弁護人を確保するための公正な機会が与えられなければならないということは言うまでもない。本件ではこの機会が与えられなかっただけではない。弁護人を公的に指定する試みも、非常に曖昧であり、あるいは公判の直前でなされたために、効果的で実質的な援助を受けることは否定されたというべきである。この点は、記録を簡単にみるだけではっきりと示される。 「裁判所:もしもあなたがこの被告人たちの弁護をするのであれば、私は弁護人の任命はしない。もしも地元の弁護人が進んであなたを補助するというのはかまわないが、しかし、私が彼らを弁護人として任命するということはない。 そして、在廷する全ての法律家に向けて、裁判所は尋ねた。 「……皆さんは、進んで援助されますか? ロディー氏はその後に次のように述べている。 「もしもわたしが彼らのために何かしてやれることがあれば、わたしは喜んでそうしましょう。わたしはその程度の関心はあります。 このような偶然の成り行きによって、死刑事件の弁護人問題は片付けられたのである。 弁護人選任に関する公判裁判官のこの行動は、誰に対しても何等実質的なあるいは明確な義務を科するものではなく、大袈裟なジェセチャー以上のものとは言いがたい。そのことは、4月6日に公判が始まる以前に地元法曹協会の指導的立場にある会員が検察側代理人として受任し、活動的に公判で活躍した事実によって裏付けられる。裁判官がそのような行動をとる以前の段階で、ロディー氏が被告人たちの弁護人に選任されるものと理解していたのだと彼が述べたのは確かである。これはくだんの弁護士自身が率直に裁判所に述べたことでもあり、彼が極めて良心的であったことは疑いない。多分、法曹協会の他のメンバーも同じように理解していたのかもしれない。いずれにしても、これらの被告人たちに対する手続のうえで最も重大な時期に、すなわち、罪状認否手続から公判の開始までの時期――相談、徹底的な調査、そして公判準備が決定的に重要な時期に、被告人たちは、公判期間中と同様の援助を受ける資格があるにもかかわらず、いかなる現実的な意味でも弁護人の援助をまったく受けなかったというのが真相であり、諸般の事情がこの結論を強調するのである……。 公判の日の朝に起こった出来事によって、事情が好転したとも思えない。先に引用した準備手続の様子からも明らかなように、ロディー氏は、裁判所が任命する弁護人と一緒ならば弁護を引受けたい、事件の準備をする機会はまだ与えられていない、彼はアラバマの手続に精通していない、しかし、事件に関心をもつ人の友人として来ただけである、彼が事件から完全に手を引いた方が少年たちにとって良いと思う、と述べたのである。地元法曹協会のメンバーであるムーディ氏は、事情が許す限りロディー氏の手助けをしたいとの意向を表明した。このとき、裁判所は「解りました。皆さんは意欲のある弁護士です。勿論、次のような場合には、わたしは弁護士を指名しません、すなわち――。」と述べた。そして、ムーディー氏は「わたしは法曹協会の一員として、彼を援助します。進んでできる限り彼を手助けしましょう。」と続けた。この曖昧な了解のもとで、公判はすぐさま開始されたのである。被告人たち、若く、無知で、文盲であり、敵意に満ちた民衆感情に包まれ、兵士たちの警護のもとあちらこちらへと引き回され、裁判を受けるその地域では特別の恐怖をもって見つめられる極悪非道の罪で起訴された、この被告人たちは、こうして、その弁護人がいかなる意味でも初めて責任をもって彼らの弁護を開始したあとの瞬く間に、生命にかかわる重大な事態に置かれることになったのである。 こうして事件に投げ込まれた弁護人が、意味のある弁護方針がないと考えたとか、準備もせずに公判を進めることが最善と判断したと推測することは、説明にならない。彼ら弁護人もそして裁判所も、迅速かつ完全な調査によっていかなる事実が明らかにされるかを予測できた者はいなかったはずである。そもそも調査をしようと試みられたことはなかった。そのようなことをする機会は与えられなかった。被告人たちは、直ちに公判へと急き立てられたのである。Anderson主席裁判官は、公判で被告人らを弁護しようとした弁護人を厳しく批判するつもりはないと断ったうえで、こう述べた。「……記録は、弁護人の活動が、熱心で活動的というよりは、形式的なものであったことを示している。……」明らかにされた事実関係に照らして、被告人たちはいかなる実質的な意味においても弁護人の権利を享受しなかったと、われわれは判示する。他の結論をとることは、要するに現実を無視することにすぎない。この結論は、圧倒的多数の州裁判所の判例の理由付けのなかに強力な支持を見出すことができる……。 わが刑事法の執行における多大のそして理由のない遅滞が、われらの時代における由々しき悪習の一つであることは事実である。不必要に長期にわたる手続の続行がしばしば認められ、多くの事件で審理やり直しの申立ての処理や上訴審の弁論のために手続が遅れることが、司法運営に対する明らかな非難の的となっている。刑事事件の迅速な処理は推奨されるべきである。しかし、その結果を得るために、重罪の訴追を受けた被告人が、弁護人と相談し彼の防禦の準備をするために十分な時間を持つ権利を剥奪されてはならないのである。それは、秩序ある司法の冷静な精神のもとで迅速に手続を進めることではなく、暴徒の性急さに与することにほかならない。 第2 アラバマ州憲法は、全ての刑事事件において被告人は弁護人の援助を受ける権利を与えられなければなならないと定めている。そして、州の制定法は、死刑事件において被告人が自ら弁護人を雇うことができないときは、裁判所が彼のために弁護人を任命すべきことを要請している。州最高裁判所は、本件はこれらの規定には違反していないと判示した。この点についてわれわれには介入する権限はない。しかし、われわれが決着をつけるべき責務と権限をもつ問題は、弁護人の援助を拒否することが連邦憲法第14修正のデュー・プロセス・クローズに違反するかということである。 具体的な事件において法の正当な過程(due process of law)が守られたかどうかを決定するために適用されてきたテストの一つは、独立宣言以前のイングランドのコモンローと制定法の下における確立した実務が何であったか――但し、独立国となった後のこの国においてとられてきた市民的政治的条件に反することが示されないという条件付きで――を調査するというものであった。……はっきり言って、……本件においては、この条件付きのテストに合格していないのである。 告知と聴聞が執行力のある判決を言い渡す上で欠くことのできない第一歩であり、これらは、事件についての管轄権を有し法的に適格な審判機関とともに、憲法が要請する法の正当な過程の基礎的な要素をなしているということは、この裁判所やまたわれわれの知る限り他の如何なる裁判所においても、未だかつて疑いを持たれたことはなかった。「国の法("the law of the land")」とは「断罪する前に聴取する法のことである」という、非常にしばしば引用されるウェブスターの言葉は、膨大な量の判決の中にいろいろな形で繰り返し表現されてきたところである。ホールデン対ハーディ事件判決(Holden v. Hardy, 169 U.S. 366, 389)において、正当な告知と聴聞の機会が必要なことは、「合衆国の全ての一員にとって無視することのできない、自由な政府という理念そのものの中に内在する不変の正義の原理」の一つとして説明されている。そして、Field裁判官は、初期の頃の事件であるガルピン対ページ事件判決(Galpin v. Page, 18 Wall. 350, 368-369)の中で、何人も法廷での1日(his day in court)を過ごすまでは拘束を受けることはないというルールは、コモンローと同じくらいに古いルールであり、その意味は、人は法廷へ召喚され弁解を聴取される機会を与えられなければならないということである、と述べている。「かかる召喚と機会なしになされた判決は、司法的な決定というもののすべての属性を欠くものであって、司法的な強奪と抑圧である。そして、それは、司法が公正に運営されているところでは、決して支持されることはない。」同じような意味を持つ召喚の種類は多種多様であろう。しかし、それに取って代わるものはないのである。 それではここに言う聴聞にはいかなるものが含まれるのか?少なくともわが国においては、歴史的にも実務上も、それはその権利を主張する当事者が欲しかつ自ら準備したときには、弁護人の援助を受ける権利を常に包含するものである。聴取を受ける権利は、弁護人を通じて聴取を受ける権利を含まないとすれば、多くの場合、殆ど効果がないであろう。知的で教育のある素人であっても、法の科学についてはわずかの技量しかなく、ときには全く技量がない。犯罪の訴追を受けたときには、彼は、通常の場合、その起訴状が正しいのか間違っているのかを自ら決定する能力もない。彼は証拠法則を知らない。弁護人の援助がなければ、彼は適正な訴追によらずに裁判を受けることになるかも知れないし、不的確な証拠、あるいは争点に関連性がないなどの理由により許容性を欠いた証拠に基づいて有罪とされるかも知れない。彼は、たとえ完璧な防禦方法があったとしても、その十分な準備をする技量も知識もない。彼を訴追する手続のあらゆる段階において、彼には弁護人の導きの手が必要なのである。これがなければ、たとえ無実であっても、彼は、自分の無実を証明する方法を知らないが故に、有罪とされてしまう危険に直面するのである。もしもこれが知的な人々にとっての真実であるならば、無知で文盲の、あるいは知的に弱い人々にとってはより一層の真実である。民事であれ刑事であれ、州の裁判所であれ連邦の裁判所であれ、如何なる事件においても、当事者が自分のために雇い入れ法廷に出廷した弁護人を通じて聴取されることが恣意的に拒否されたならば、かかる拒絶が聴聞を受ける権利の否定であり、それゆえに憲法が言うデュー・プロセスの否定であることは、合理的に疑いようがないことである。 この意見の前半部分に要約した事実関係――被告人たちの無知と文盲、彼らの若さ、民衆の敵意、軍隊による被告人たちの拘禁と厳重な監視、彼らの友人や家族がみんな他の州に居り、連絡をとることがいつも困難であった事実、そして何よりも、彼らがその生命にかかわる重大な危難に立たされていたこと――に照らして、公判裁判所が彼らに弁護人を得るために必要な合理的な時間と機会を与えなかったことは、デュー・プロセスの明らかな否定であったとわれわれは考える。 合衆国は制定法によって、そして各州は法律の明文あるいは裁判例によって、被告人が自ら弁護人を雇い入れることが出来ないときは彼のために弁護人を任命することを公判裁判官の義務としている。もっとも多くの州で全ての刑事事件でこの規則が適用され、その他の州ではより重大な犯罪の場合にこれが適用され、そして非常に少数の州では死刑事件に限定されている。このように満場一致で採択された規則は、少なくとも本件のような事件における弁護人の任命を受ける固有の権利を、それのみによって直ちに確立するとは言えないとしても、そのような権利の存在を反映するものではあり、また、この権利が基本的な性質のものであるというわれわれの結論を説得力ももって支持するのである。 原判決は破棄された。 |HOME|ミランダの会とは|活動記録|記事・論文|エッセイ|書式集|資料集|刑事弁護Q&A|フォーラム| Copyright (c) 1999-2003 mirandanokai
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