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資料集

MIRANDA ASSOCIATION

刑事司法改革の指針となる、内外の判例、国連関係文書等

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コイ対アイオワ(1988年)--アメリカ連邦最高裁:被害者証人を保護するための遮へい措置は、その個別具体的な必要性が認められないかぎり、対決権を保障した憲法に違反する。(訳者 高野隆)

Coy v. Iowa, 487 U.S. 1012 (1988)

スカリア判事が法廷意見を告げた。

***

1985年8月、上訴人は、同月はじめころに彼の隣家の裏庭でキャンプしていた13歳の少女2人に性的な暴行を加えたという容疑で逮捕され、訴追された。少女らによると、彼女らが寝ている間に犯人はテントに侵入してきたが、ストッキングをかぶり彼らの目に向けて懐中電灯を照らし、彼を見るなと脅した。いずれの少女も犯人の人相を供述することができなかった。1985年11月、公判開始に際して州政府側は、成立したばかりの1985年5月23日制定法1***に基づいて、被害者証人が閉鎖回路テレビを通じてあるいは衝立の後ろから証言することを認めるよう申し立てた。公判裁判所は、少女が証言する間上訴人と証人との間に大きな衝立を設置することを認めた。照明を調節することによって、上訴人は証人をぼんやりと認識できるが、証人は彼を全く認識できないようにされた。

上訴人は衝立の使用に強く異議を述べたが、その第1の根拠は第6修正の対決権である。その装置は被害者証人が証言する際に感じる不安を軽減するかもしれないが、それこそまさに刑事被告人に面と向かっての対決(face-to-face confrontation)の権利を与えている第6修正が問題にしている点である、と上訴人は主張した。彼はまた、その手続は彼を有罪であるかのように見せかけるので無罪の推定に反するから、彼のデュープロセスの権利も侵害されたと主張した。公判裁判所はいずれの憲法上の主張をも排斥したが、陪審に対して衝立から有罪を連想してはならないと説示した。

アイオワ州最高裁判所は上訴人の有罪判決を承認した。同裁判所は、証人を反対尋問する機能は衝立によってなんら減殺されていないのであるから、対決権条項の侵害はないと述べて、上訴人の対決権に関する主張を退けた。同裁判所はまた、遮へいの措置はそれ自体予断をもたらすものではないと述べてデュープロセスの主張も排斥した。***

第6修正は刑事被告人に「自己に不利益な証人と対決する」権利を与えている。この文言は「色あせた羊皮紙の上にも載っている」California v. Green, 399 U.S. 149, 174 (1970)(Harlan, J., concurring)のであり、その血筋は西欧の法文化の始まりにまで遡ることができる。ローマ法にも対決権が存在したことを示すものがある。ローマの総督フェストゥスは彼の捕虜パウロを如何に処するかを論じた際にこう述べた。「いかなる者であれ被告人が告発人と面と向かって対面し、訴追について防禦する機会を与えられないままに彼を処刑するというのは、ローマ人のやり方ではない」(使徒行伝25:16)。イングランドにおいてはある種の対決権が陪審の権利よりもずっと前に認められていたと言われている。Pollitt, The Right of Confrontation: Its History and Modern Dress, 8 J. Pub. L. 381, 384-387(1959).

当裁判所の対決権条項との出会いのほとんどは公判廷外供述の許容性について、あるいは、反対尋問の範囲の制限に関するものであった[引用判例は省略]。その理由は、州政府が言うようにこれらが対決権条項の必須の要素だからという訳ではなく、むしろそれとは正反対に、これらの要素が対決権条項に含まれるかどうかについて少なくとも疑問の余地があった(それゆえに訴訟で争われた)からである。これに対して、ハーラン裁判官が指摘したように、「単純な英語の問題として」少なくとも同条項は「公判に登場して証言するすべての人と面と向かって会う権利」を含むのである。California v. Green, supra, at 175.単純なラテン語の問題としても、「対決する」”confront”という言葉は、接頭辞“con-”(「対立」や「反対」を意味する“contra-”から来る)と名詞“frons”(額)とに由来するのである。だからシェイクスピアはリチャード2世にこう言わせて「対決」と言う言葉の原義を説明しているのだ。「しからば彼らをわれらの前に呼び出せ。顔と顔、しかめ面としかめ面を付き合わせ。われら自ら告発人と被告人が自由に話すのを聞こう……」(リチャード2世、第1幕第1場)。

したがって、対決権条項が被告人に事実認定者の前に現れる証人と面と向かって会う権利を保障していることについてわれわれが疑問を提起したことは一度もなかった。See, Kentucky v. Stincer, 482 U.S. 730, 748, 794-750 (1987)(Marshal, J., dissenting).例えば、共同被告人の前科によって盗品である政府財産を受け取ったという犯罪の構成要素を立証することが許されるかという問題を扱ったカービー対合衆国Kirby v. United States, 174 U.S. 47, 55 (1899)において、われわれは同条項の機能をこう説明した。「基本的に証人によってのみ証明できる事実は、……公判廷で被告人と対決し、裁判中彼がその様子を見ることができ、反対尋問をする機会が与えられ、かつ、公判や刑事事件の手続を規定する確立したルールによって認められたあらゆる方法によってその証言を弾劾することができる証人によってでなければ、被告人に不利益に認定することができないのである。」同様に、ダウエル対合衆国Dowell v United States, 221 U.S. 325, 330 (1911)において、われわれはフィリピン権利章典の規定を第6修正と実質的に同じものと説明し、それは「被告人に対して、証人によって証明できる事実に関するかぎり、公判において被告人が面と向かって会うことができ、彼のいるところで証言し、かつ、反対尋問の機会を与えられた証人によってのみ証明されるという権利を保障したものである」と解釈した。より最近において、われわれは「公判において証人と文字通り『対決する』権利」を「対決権条項が増進しようとする価値の中核」であると説明した。California v. Green, supra, at 157.そして前開廷期、ペンシルバニア対リッチーPennsylvania v. Ritchie, 480 U.S. 39, 51 (1987)の相対多数意見は、「対決権条項は、刑事被告人に2種類の保護を提供している。すなわち、彼に不利益な証言をする証人に物理的に対面する権利と、そして、反対尋問を行う権利である」と説示した。

証人と被告人との対面を保障する第6修正は見た目と現実の双方にかかわる目的に奉仕する。この意見は、被告人と告発人との対面を「刑事訴追における公正な裁判にとって必須のもの」Pointer v. Texas, 380 U.S. 400, 404(1965)とみなさしめる人間の本質に深く根ざした何かがあることを示す、古代にまで及ぶ引用句を参照することで敷衍することができる。昔において真実だったものは現代においても真実である。アイゼンハワー大統領は、かつて面と向かっての対決を彼の故郷カンサス州アビリーンの規則として説明したことがある。彼は言った、アビリーンでは「反対する相手とは誰とでも対面しなければならない。背後からこっそり彼に襲い掛かり、彼にダメージを与えるなんてことはできない。憤慨した市民から罰を受けることなしには。……この国では、あなたを嫌いな人、あなたを非難する人は誰でも、あなたの目の前に立たなければならない。彼は陰に隠れてそうすることはできないのだ」と。Press release of remarks given to the B'nai B'rith Anti-Defamation League, November 23, 1953, quoted in Pollitt, supra, at 381.「私の目を見てそれを言いなさい」というフレーズは今でも普通に用いられる。公正さのために必要なことについてのこうした人間的感覚を前提にすれば、対決の権利は、「公正さを認知しうるだけではなくそれを現実のもとしうる刑事司法制度を確立することに貢献している」のである。Lee v. Illinois, 476 U.S. 530, 540 (1986).

公正さにとって対決は必須であるとの認識が幾世紀にもわたって続いたのは、そこに多くの真理があるからである。「事実を歪曲しあるいは誤認することによって多大の損害を及ぼすだろう相手を見据えて話を繰り返さなければならないとしたら、その証人はそれまでと非常に異なった感情を抱くであろう。彼は今まさにその相手がどのような人間であるかを知ることができるのである。」Z. Chafee, The Blessings of Liberty 35 (1956), quoted in Jay v. Boyd, 351 U.S. 345, 375-376 (1956) (Douglas, J., dissenting).「面と向かって」うそをつくことは、常に、「背後から」うそをつくよりも困難である。前者の場合、たとえ嘘が述べられたとしても、しばしばそれはあまり説得的には語られない。勿論、対決権条項は、証人に被告人を見詰めることを強制してはいない。彼はわざと目をそらすかもしれない。しかし、事実認定者はその意味を自ら判定することができる。こうして、面と向かっての対面の権利は、よりしばしば議論にのぼる、そしてより分明でない対決権条項のもうひとつの構成部分、すなわち告発者を反対尋問する権利と同等の目的に奉仕するのである。いずれの権利も「事実認定手続の尊厳を確保する」のである。Kentucky v. Stincer, 482 U.S., at 736.州政府は、自分が非難しようとする人のいる前に立つことが証人に及ぼす深刻な影響を否定することはできないであろう。なぜなら、これこそまさに本件の異常な手続を正当化すると主張されている「トラウマ」の危険性を示すものとして挙げられている現象に他ならないからである。残念ながら面と向かっての対面は真実の強姦被害者や被虐待児を困惑させるかもしれない。しかしそれと同時に、それは偽りの告発者を困惑させそれを打ち砕くかもしれない。あるいはまた、児童が悪意ある大人のコーチを受けたことを明らかにするかもしれない。憲法の保障には何がしかのコストが伴うというのは自明の理である。

残された問題は、本件において対決の権利は実際に侵害されたのかということである。問題の衝立は被害者証人が証言している間上訴人を見ることがないようにするために特別に用意されたのであり、記録によればこの目的は達成されたようである。被告人の対面の権利をこれ以上明白にあるいはひどく侵害している事態を想像することは難しい。

州政府は、ここで問題となる対決の利益は性的虐待の被害者を守る必要性によって凌駕されていると言う。これまでわれわれが対決権条項に基づく権利は絶対的なものではなく、他の重大な利益のために譲ることがありえることを示唆してきたことは事実である。しかしながら、それらの事例で問題となった権利は、同条によって厳密に明示された権利ではなく、合理的に推認できると主張された権利、すなわち、反対尋問の権利、公判廷外の供述を排除する権利、そして、公判以外の手続きにおいて対面する権利である[引用判例は省略]。如何なる推認が合理的かを決定する際に他の重要な利益をも考慮しなければならないと判示することと、他の重要な利益に照らして条項の削ることのできない文字通りの意味――「法廷に登場し証言するすべての者に面と向かって会う権利」California v. Green, 399 U.S., at 175 (Harlan, J., concurring)――に対する例外を認めることができると判示することとは、同じではない。けれども、例外があるかどうかは、また別の機会に検討することになるだろう。それがどのようなものであれ、例外が認められるのは重要な公共的利益を推進する必要がある場合に限られる[引用判例省略]。州政府は、本件においてそのような必要性が制定法によって確立されていると主張する。すなわち、制定法によって立法的にトラウマが推定されると言うのだ。しかしながら、われわれの先例によれば、対決権条項のもっとも字義通りの権利ではなく、そこから通常推認されるに過ぎない諸権利への例外においてすら、その例外が「わが法制に確固として根付いたもの」でない場合には、一般的に認められる種類の事情を超える何かがその制定法を支えていることが必要なのである[引用判例省略]。1985年に成立したアイオワの制定法が作った例外を確固として根付いたものと言うことはほとんど不可能である。本件証人たちが特別の保護を必要としたことを示す個別の事情は認められていないのであるから、考えられるいかなる例外によっても本件有罪判決を承認することはできない。
***

上訴人のデュープロセス違反の主張を検討する必要はない。彼の憲法上の面と向かっての対決の権利が侵害されたのであるから、われわれはアイオワ州最高裁判所の判決を破棄し、この意見と矛盾のないようにさらに手続を進めるために本件を差し戻す。

以上のように決定された。
1 同法910A.14には次の規定がある:「裁判所は、子供が証言する間、当事者を隣室内または衝立若しくは鏡の背後に隔離して子供が当事者を見聞できないようにすることができる。但し当事者が子供の証言を見ること及び聞くことを妨げてはならない。当事者が隔離されたときは、裁判所は、当事者とその弁護人が証言の間相談できることを確保する措置をとらなければならず、また、当該子供に対して証言中当事者が子供を見聞できることを知らせなければならない。」


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