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活動記録

MIRANDA ASSOCIATION

ミランダの会が発表した宣言、記者発表、コメントほか

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浦和地検検正の発言に対する抗議声明 (1996.4.10)

 

一九九六年四月五日付の読売・毎日・埼玉等の新聞各紙によると、同日付で浦和地方検察庁検事正を退官した水上寛治氏は、退官前日に行われた記者会見の席上で、一部の弁護士の活動を批判した。その内容は、右新聞報道によれば、「弁護士が被疑者に対し、取調べ拒否や調書の署名押印拒否を助言するのは捜査妨害であり、弁護士法、刑事訴訟法に照らして違法である」というものである。

わが「ミランダの会」は、一九九五年二月、被疑者取調べ手続きの適正化を目指して、全国六弁護士会一八名の弁護士により結成された(現在会員数二一名)。「ミランダの会」は、被疑者取調べの可視化を推進するために、取調べへの弁護人立会い並びに弁護人による供述調書の事前確認を弁護活動の柱としている。水上前検事正の右批判が、この「ミランダの会」の弁護活動に対するものであることは明らかであり、ここに、わが会は会員一同の名において抗議の意を表するものである。

ところで、わが会に対する同様の批判は、これまで、検察庁首脳、法務省刑事局長等において、何度となく繰り返されて来た。まず、昨年四月、浦和地方検察庁前検事正清水勇男氏は、われわれの活動を「法律家としての本質・本当の職務を忘れた若手の弁護士が跳梁跋扈している」と言って批判する記者会見を行い、同年五月、東京地方検察庁次席検事(当時)甲斐中辰夫氏は、われわれの弁護活動を「捜査妨害」「違法・不当な弁護活動」と言って批判した。日本弁護士連合会と法務省との「当番弁護士制度協議会」の席上でも、法務省側はわれわれの活動を「行き過ぎた、あるいは違法とも思われる弁護活動」とする指摘を行っている。また、法務省刑事局長は、同年六月七日の衆議院法務委員会で、われわれの弁護活動を「捜査妨害」とする趣旨の答弁を行っている。そして、昨年一二月、岡山地方検察庁検事正(当時)田邊信好氏は、「ミランダの会と検察」との小論の中で「正当な理由がなく取調べを拒否したり供述調書への署名指印を拒否するような被疑者は、有罪の立証ができる限り、起訴すべきである」との方針を公表した。

最近、検察庁は、われわれの依頼人に対し、明らかに差別的な取り扱いを行っている。昨年、静岡県内でわが会員が弁護人に就任した業務上過失致死(交通事故)事件について、被疑者立ち会いの実況見分に弁護人の立ち会いを求めたところ、その後、半年近くも経過してから突然被疑者が逮捕され、起訴後一箇月以上も保釈が認められないという事態が発生した。また、本年、埼玉県内において、夫婦喧嘩に端を発した暴行事件について、弁護人に就任したわが会員が取調べへの弁護人立ち会いを要求したところ、浦和地方検察庁はこれを拒否し、その後、半年近くも経過してから突然被疑者を逮捕した。この被疑者は、その後身柄拘束のまま暴行罪で公判請求されたうえ、逮捕から二箇月以上経過した今日に至るも裁判所は保釈を許可しないという異常な事態に立ち至っている。被告人の家族は、現在崩壊の危機に瀕している。

今回の水上検事正発言も、以上のような一連の法務・検察当局による「ミランダの会」に対する攻撃の一つである。われわれは、再三にわたり繰り返されるこのような発言を黙過すれば、刑事弁護士の弁護活動に対する誤解を社会一般に流布することになると考え、抗議声明を発表することにしたのである。

水上氏の右発言は、《黙秘権》及び《弁護人の援助を受ける権利》が、全ての個人に保障された日本国憲法上の権利であることを等閑視すると共に、刑事弁護士の職業倫理に対する無理解を露呈するものである。

そして、憲法三四条前段及び三七条三項の《弁護人の援助を受ける権利》並びに三八条一項の《黙秘権》によって、被疑者には捜査官の取調べを受ける際に自己の弁護人を取調室に在席させる権利が保障されているというのは、今や多数の学者の支持を受けている見解でもある。また、《黙秘権》を保障された被疑者は、捜査官の取調べを拒否する権利を有しているというのが、学説上通説である。さらに、署名拒否については、憲法を持ち出すまでもなく、刑事訴訟法一九八条五項が、疑問の余地のない言葉で、被疑者には供述調書に対する署名・押印の拒絶権があることを規定しているのである。水上検事正発言は、特権的地位とマスメディアを利用して、自己の独断的見解を世間に流布させようとするものであり、許し難い越権行為である。それは、悪質な「弁護妨害」そのものである。

新聞報道によれば、水上氏は、「坂本弁護士事件」を引き合いに出し、「一部弁護士は、犯罪は供述でなく客観的証拠によって立証すべきと主張するが、密室で行われる組織犯罪などでは供述によって真に責任を負うべき犯人が特定できる。坂本弁護士事件をみても明らか」などと主張している。しかしながら、坂本事件等の所謂オウム真理教関連事件について真に問われるべき問題は、「坂本弁護士一家拉致事件」が発生した一九八九年一一月三日前後頃から「地下鉄サリン事件」が発生するに至るまで、同教団に関わる多くの犯罪被害の訴え(告訴・告発)があり、同教団の土地取得や施設の建設などに関し建築基準法などの行政法規違反が繰り返され、施設周辺の住民とのトラブルもあり、「松本サリン事件」という未曾有の事件が発生したにもかかわらず、何故、適宜適切な捜査が遂行されなかったのかという点である。

長野県警やマスメディアによって「松本サリン事件」の犯人扱いされた河野義行氏は、その著書(『疑惑は晴れようとも』文藝春秋社)の中で、警察による自白の強要について述べている。

「姿勢を正せ」「お前が犯人だ」「正直に言ったらどうだ」「お前は亡くなった人たちに申し訳無いと思わないのか」「警察はお前の四四年間の生活はすべてわかっているんだ」

男は(警察官)は執拗に何度も同じことを怒鳴りまくる。冷静の糸が切れそうだった。もう感情の高ぶりを抑えられそうにない。……

私も、これまでは世にある冤罪はひと事だと思っていた。今は、条件さえそろえば、いつでも無実の罪が着せられるものだということが生身でわかる。

もし、私が事件直後に、マスコミを訴えるという理由で弁護士を頼まなかったら、間違いなく犯人にされていたと思う。

河野氏が濡れ衣を着せられたのも、客観的証拠の収集・分析を疎かにした自白偏重の捜査姿勢に起因するものであることは疑問の余地がない。全ての法曹、警察官、マスメディアは、立場の違いを越えて、河野氏の言葉に謙虚に耳を傾けるべきであろう。これまでの法務・検察・警察当局には、死刑再審無罪事件が四件も言い渡されようが、警察官による供述調書の偽造・捏造事件が発覚しようが、特捜部検事の暴行事件が発覚しようが、それらは極めて例外的事象であると言って糊塗し、あるいは担当者の個人的パーソナリティーの問題に矮小化したりとかするだけであり、そこには現在の取調制度が冤罪を生み出す構造的な欠陥を孕んでいるという問題意識が全く欠如しているのである。このような捜査当局の態度が、「冤罪・松本サリン事件」を生み出したと言っても過言ではないだろう。そして、当局が、水上氏のように、本質的な問題から目を逸らして、取調制度の改善を目指す「ミランダの会」を攻撃することに汲々とし続けるなら、今後も第二・第三の河野氏が生み出されるだろう。

わが「ミランダの会」が目指すものは、被疑者取調べの可視化であり、適正化である。それは、「供述」の証拠価値を否定するものではない。供述の取得過程が適正であったか否かを、後に検証できるような装置を設けるよう要求しているに過ぎないのである。

私たちは、今後も、取調べの可視化と被疑者・被告人の権利の擁護を目指し、冤罪に泣く人を生み出さないためにも、一層の努力を傾注する所存である。大方のご理解を心より訴えるものである。

一九九六年四月一〇日

「ミランダの会」会員一同

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