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エッセイ

MIRANDA ASSOCIATION

刑事弁護の体験談、刑事司法改革について意見

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ミランダの会活動報告10
検察官が接見禁止解除請求?

季刊刑事弁護16号124頁、現代人文社の許可の下に転載しました。


最近の「ミランダの会」をめぐる状況

「ミランダの会」は、一九九五年二月一三日の設立以来、会員数を増やすとともに、惨憺たる取調べ実務を僅かながらでも変革する貴重な成果をあげてきた。私たちの弁護方針をとる限り、仮に自白調書が作成されても、公判段階において検察官は署名・押印のない調書を一切証拠請求しないことから、「任意性」をめぐる不毛かつ無意味な訴訟活動に煩わされることがなくなる(刑事訴訟法三二二条一項は「署名・押印」を要件の一つとしている)。

そして、弁護人の事前確認のない限り調書への署名・押印を拒否するというささやかな弁護方針(「ミランダの会」弁護要領二)(※1) ですら、設立当初こそ取調官の激しい抵抗に遭ったものの、現在ではトラブルらしいトラブルは起きなくなっている。被疑者が「調書は弁護人に確認してもらってから署名・押印します」とひとこと告げれば、取調官は「そうか」と返事するだけで終わっているのが一般的な状況である。
 とくに警察官の対応は非常にクールで“署名・押印拒否”を実に淡々と受け止めている。一方、検察官については公訴官としての立場もあってか、被疑者が恫喝や泣き落しに遭う事例もないではなかったが、これも現在ではほぼ収束している。
もっとも、ごく一部の検察官については相変わらず署名・押印させることに躍起になる者がおり、今回報告するのもその一例である。

「オレが接見禁止の解除をしてやる」

私は、一九九八年五月下旬、当番弁護士としてある否認事件に出会い、法律扶助を適用して受任した。
 被疑事実は、詐欺、有印私文書偽造・同行使であった。いわゆる「クレジットカード詐欺」である。被疑者は純朴な二六歳の青年。数日前に知り合った人物に頼まれて大手ディスカウントショップでクレジットカードを使用して買物をしたところ、それが盗難カードだったもので、被疑者はその人物がカードの名義人だと信じきっていたことから、犯意を否認していた。被疑者には検察官の請求に基づき裁判官によって刑事訴訟法八一条の接見等禁止がなされていた。件の人物が被疑者逮捕現場から逃走していることが大きな理由だったと思われる。私は、被疑者の弁解状況等を前にして、弁護人の確認がない限り調書への署名・押印を拒否するよう助言、指導し、被疑者はその方針に納得した。それ以降、弁護人による確認が実現しなかったことから、被疑者は調書への署名・押印を拒否するようになった。

被疑者の取調べにあたったのは、浦和地方検察庁越谷支部所属のS検事であった。
 S検事は、被疑者に対し、繰り返し自ら作成した調書への署名・押印を迫った。そして、被疑者が署名・押印を拒否すると、「弁護士が確認しない限り、調書への署名・押印を拒否できるなどということは憲法にも法律にも書いていない」、「お前を起訴してやるが、起訴後も接見禁止を付けてやるし、保釈も絶対にきかないから覚悟しておけ」などという発言をしている。

被疑者は、勾留二〇日目に処分保留で釈放扱いとなった。ところが、再び、詐欺、有印私文書偽造・同行使容疑で逮捕、勾留されてしまった。当日同じディスカウントショップの別フロアーでの買物を理由としたものであった。このときも、検察官の請求により接見禁止等がなされた。

ところで、被疑者は都会での生活に疲れ、国元に戻ろうとしていた矢先に今回の事件に巻き込まれてしまった。故郷の両親は被疑者を心配し、面会を願っていた。それは被疑者も同様であった。しかし、それはかなわない。そのなかでの再勾留は被疑者に堪えた。S検事はそれに目をつけたのである。再勾留満期が近づいたある日、S検事は自ら代用監獄に足を運び、被疑者の取調べを行った。S検事は被疑者の目の前で、一方的に供述調書を作成し始めたのである。その内容は、まず被疑者の「自白」が書かれ、それに続いて、故郷にいる両親に会いたいとの被疑者の心情が記載され、そして、両親について接見禁止の一部解除を被疑者が願う旨の記述がなされていた。もちろんのこと、これらは被疑者が供述したものではなく、S検事が勝手に仕立て上げたにすぎない。S検事は、被疑者にこの調書を見せながら、「オレが両親について接見禁止の一部解除をしてやるからこれに名前を書け」と署名・押印を迫ったのである。被疑者は涙をこらえつつ、弁護人と相談してからにするとして署名・押印を拒否した。

その日の夜、私は被疑者からこれらのことを聞かされ、その時の被疑者の切なさ、心細さに思いを馳せ目頭が熱くなった。そして、S検事のあまりの姑息さ、卑劣さに猛烈な怒りを覚えた。自ら接見禁止等を請求しておいて、「自白調書」への署名・押印を引換えにその解除をもちかける、しかもその調書自体を資料にして解除を申し出ようなどということは前代未聞であろう。

翌日、浦和地方検察庁検事正と同越谷支部長宛に抗議の書面を送付したことはいうまでもない。
 再勾留二〇日目、被疑者は釈放された。今回は再々逮捕、勾留はなく、被疑者は故郷に戻った。

取調べの可視化を目指して

私たちは、「ミランダの会」設立宣言(※2)において、「わが国の被疑者取調べ制度は野蛮である」と断じた。
 今回のS検事のやり方は極端なものかもしれないが、程度の差こそあれ日々繰り返されている「取調べ」なるものの実態のひとつであり、“野蛮”が相変わらず続いていることを示すものであろう。
 取調室はいわば鎖国状態の「王国」である。取調官はその君主であり、それがひとたび暴君に豹変して暴虐の限りを尽くし、無防備で従順な国民、つまり被疑者がいかに虐げられうめき声を上げようとも外からは伺い知ることはできない。

「ミランダの会」は被疑者取調べにおける弁護人の立会い実現を第一の柱とした。しかし、法務・検察当局は弁護人立会いはおろか、テープ録音、ビデオ録画すら実現しようとはしていない。「開国」の萌芽すら見られないありさまである。 被疑者取調べの可視化を実現する努力をさらに続けてゆかなくてはならない。

追記

本誌第七号「夫婦喧嘩に弁護士一三五名」(萩原猛)の続報である。
 本件につき、浦和地方裁判所第三刑事部は、一九九七年八月一九日、私たち弁護人の主張をすべて排斥し、被告人に対し求刑どおり罰金二〇万円とする有罪判決を言い渡した(※3)。判旨は多岐にわたるが、手続の流れを詳細に分析することなく、長期間の身体拘束、公判請求が「ミランダの会」の弁護方針がもたらした結果でありそれは違法ではないと言い切った。
 東京高等裁判所第五刑事部は、一九九八年四月八日、右判決に対する被告人の控訴を棄却する判決を言い渡した(※4)。私たちの控訴趣意をすべて排斥し、本件の核心にまったく踏み込もうとはしなかった。
 本件は現在、最高裁判所第三小法廷に係属している。私たちはすでに膨大な上告趣意書を提出しており、最高裁の判断が注目される。

※1 ミランダの会編著『ミランダの会と弁護活動』(現代人文社、一九九七年)七二頁
※2 同六八頁以下
※3 判例時報一六二四号一五二頁
※4 判例時報一六四〇号一六六頁

(村木一郎/埼玉弁護士会)

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