ミランダの会活動報告9
取調べ時のテープ録音を要求
季刊刑事弁護14号110頁、現代人文社の許可の下に転載しました。
広がりつつある活動
一九九五(平七)年二月一三日にミランダの会が結成されて三年、私がすべての事件について弁護人が内容を確認しないかぎり被疑者に供述調書への署名・指印を拒否させる弁護活動を始めてから五年になる。当初いろいろな不安や批判もあったが、こうしてある程度の期間この活動を続けることができ、少しずつではあるがそれが広がってきたこと自体、私たちの活動が基本的には間違っていなかったことを示しているものと思う。
もちろん署名・指印拒否の弁護活動の目的は、事実に反したあるいは不正確な被告人の供述調書による誤判や不当な量刑を防止することにある。接見室での弁護人の助言には、被疑者だけで対応せざるをえない取調べや調書作成に関しては大きな限界がある。取調室が密室であるかぎり公判廷での任意性・信用性の争いは不毛に終わるしかない。加えていえば、要通訳事件の場合、読聞け時の通訳が誤っていたときの担保は何もない。また、訂正印・契印は取調官の印のみで足りるとしている現在の方法では、被疑者の署名・指印後の取調官による勝手な内容変更を防止することもできない。このような現状では、誤った調書による裁判を確実に防止する方法としては、最低限署名・指印を拒否すること以外にない。
これまで右のような考えから自白事件においてもすべてこの活動を実践してきたわけであるが、その結果、被疑者段階における弁護活動の目標の一つがはっきり設定できたことにもこの活動の意義があったと思う。事実に争いがなく、情状面についても示談などの特別な活動を要しない事件について、いったい被疑者段階で受任して弁護人は何をするのかという疑問の声を、弁護士のなかからも聞くことがある。私たちの活動は、それに対する一つの回答になると思う。
もともと弁護人は、選任された段階で事件のすべてがわかっているわけではない。短時間の接見ではむしろすべてを理解することは不可能であるし、捜査の進展にともなって問題が浮かび上がってくることもある。したがって、初めから何も弁護活動の必要がないなどと判断できるはずはない。そして、そうであれば、もっとも重要な証拠であり公判になってからではとりかえしがつかない供述調書を、きわめて問題の多い手続・方法で、しかも弁護人が内容の確認もしないままに作成させてしまうことなど絶対にするべきではない。とくに、取調べ受任義務を認め、真の意味で被疑者の黙秘権のないわが国の取調べの実情を考えれば、すべての事件において、署名・指印拒否させるように指導・援助することが被疑者段階の重要な弁護活動でなければならないと思う。
調書をめぐる攻防
署名・指印拒否の活動は、被告人の供述調書が存在しない公判をもたらす。ただ、それに代わる検察官の公判での立証方法は、少しずつ変わってきた。
当初は署名、指印のない調書が(乙号証として)そのまま公判に提出されることがよくあった。警察は、署名・指印を拒否することがわかっていても、検察庁に記録を送致するためか、必ず調書を作成している。検察官はそれを公判に提出してきたのである。その場合は開示された調書の内容を検討して、問題であると判断したところを一部不同意とし、その余は同意するということで対処してきた。
ただこれは、検察庁が私たちの活動に組織的・統一的な対応をする前の試行錯誤的に対応してきた時期のことであったように感じられる。最近では署名・指印のない調書はばったり提出されなくなったからである。
しかし、それでも別に不都合はない。自白事件では、公判での被告人質問だけで足りる。特別に期日を重ねる必要もない。実際に行ってみればわかることであるが、調書の記載の中で本当に必要なことは多くはない。それだけを被告人質問で実施することに困難はない。また、被告人の調書がないため検察官が動機や主観面の立証のために被告人質問を請求してくることもあるが、これはむしろ公判中心主義に適合するもので、特別問題にすべきことでもない。
ところが最近、事実に争いがある事件において署名・指印を拒否したときに、取調官が公判に証人として出頭し、被告人の取調時の供述内容を証言する例が報告された(森野嘉郎「誰の利益を守るのか? 『私のミランダ日記』」本誌一一号一四四頁)。こうした立証が常態化すれば、署名・指印を拒否することの意味がなくなり、むしろ調書がある場合よりも取調官の反対尋問がしにくくなるのではという疑問すら出てくるかもしれない。
しかしながら、実際にこうした証言が利用されることは多くはないと考えられる。現実に私はほとんど経験していない。自白事件においては、検察官の立証も公判での被告人質問で足りるから証言するまでもない。否認事件では、私はほとんど黙秘させている。最初は署名・指印拒否のこともあるが、最終的にはほとんどすべて黙秘に移行している。そうすると、結局否認事件では、被告人の供述そのものが存在しないから取調官の証言もできないことになる。
私が唯一経験したのは、黙秘させていたつもりが、実際には取調べで被疑者が多少とも弁解しており、その内容が公判での弁解と異なる内容であったとして取調官が証言したケースである。このときは率直にいってぼんやり対応して、証言の証拠能力を争うことまでしなかった。しかし、いずれにしても今後このような例が出てくるかもしれない。
裁判所は、刑訴法三二四条一項によってこうした取調官の証言の証拠能力を認めている(東京高判平三・六・一八判例タイムズ七七七号二四〇頁、井戸田侃「取調官証人による被疑者供述内容の立証」本誌九号九四頁参照)。これに弁護人としてどのように対抗していくべきかいろいろ検討はされている(上田國廣ほか座談会「伝聞法則にどう対応するか」本誌九号六二頁参照)が、妙案はまだない。ただ、調書に署名・指印をしないことは絶対の出発点である。調書を作らせてしまえば、また任意性・信用性を争う不毛な審理に連れ戻されてしまうだけである。
取調べの録音を要求
私は、最近こうした公判での対応を予想して、従前から行っている弁護人に対する調書の内容の確認要求(拒絶されたときには署名・指印拒否する)に加えて、被疑者の取調べの全部録音を要求するようにしている。受任の際に、警察と検察庁に録音要求も合わせた申入書を提出するのである。取調官が被告人の供述を再現するよりは、録音テープで再現するほうが正しいに決まっている。テープがあれば無駄な争いをせずに済むし、裁判官に苦労をかけなくて済む。何より適正な事実認定が可能になる。つまり、テープの方があらゆる意味で合理的であり、適正な事実認定を可能とし、被告人の権利侵害を防止することができる。
したがって、弁護人が録音要求しており、捜査機関が容易に応じえたにもかかわらずそれを拒絶したうえで、後にあえて事実認定を誤り被告人の利益を害するおそれが高い取調官の証言によって被告人の供述内容を立証することは適正手続条項に反するとして、右証言には証拠能力がないとの主張をしようと考えている(実際にはまだ主張する機会がない)。
もちろん検察官の反論もいろいろ予想されるが、録音については些末な費用のことすら持ち出される可能性があるので、申入書の中で、弁護人が録音機器と録音テープを用意しているから申出があればいつでもすぐに捜査機関に届ける旨を約束している。
このように取調べの録音要求をすることによって、私は、取調官が不完全かつ危険な再現証言をすることの問題性を裁判官に伝えることができ、証拠能力の否定に結びつく可能性が生まれると同時に、最終的にはすべての取調べの録音を実現させる契機になるのではないかと考えている(録音要求については、小坂井久弁護士の「取調べ『全過程』の録音に向けて」(一)〜(三) 大阪刑弁委員会「刑弁情報」一一一三がとても参考になる)。
(小川秀世/静岡県弁護士会)
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