ミランダの会活動報告6
正面から争うことの意味
季刊刑事弁護9号121頁、現代人文社の許可の下に転載しました。
東京発
私はまだ駆け出し弁護士で、ミランダ方式による弁護活動の実践経験も少ないのだが、本件はそのうち初めて判決(確定)まで行ったケースである。
出会い
本件の被疑者であるコロンビア人男性のJに私が初めて会ったのは、彼が千葉市内における住居侵入・窃盗未遂の被疑事実(共犯者一名)で千葉中央署に勾留中の九五年一〇月末のことである。当時私は、当番弁護士から受任したJの妻D(コロンビア人)につき、ミランダB(署名・指印拒否)の弁護活動をしている最中であった。彼女は入管法違反(旅券不携帯と一〇カ月のオーバーステイ)で東京(警視庁板橋署)で逮捕されていたが、その実態は先に千葉で逮捕された夫Jの余罪につき情報を引き出す目的の、「別件逮捕」であった。Dは毎日朝から晩まで自分のまったくあずかり知らない夫のことばかり追及され、たまりかねて弁護士を呼んだのであった。しかし、私の受任後も違法な余罪取調べが執拗に続けられた。Dと相談して出したミランダBの申入書は受取拒否にあい、仕方ないので同じ文面の内容証明を送るとこれも返送(ただし、ホチキスがはずれコピーをとった跡が認められた)。Dが疲労困憊していたので接見は毎日、露骨な接見妨害もあり、準抗告、警察に内容証明で抗議、などなど滅茶苦茶な毎日であった。そんななか、Dが「千葉にいる夫が心配なのでようすを見てきてほしい」と訴えた。私は当時、Dが悪い夫に騙され、こんなひどい目に遭っているのではないかとすら考えていたのであまり気が進まなかったのだが、仕方なくスペイン語の通訳人と一緒に千葉まで行った。
初めて会ったJはいかにも悪ガキといった感じでとても好感は持てなかったが、「とりあえず自分は大丈夫、弁護士は今のところ頼んでいないが呼べることはわかっている」ということだったので、当番弁護士制度や取調べへの対応、署名・指印など調書作成上の一般的な注意事項を説明し、名刺をおいて帰ってきた。ところがその後しばらくして、千葉中央署から、Jの接見に来てくれという電話がかかってきた。行ってみるとJは、「Dは元気か」。Dは五日間勾留延長されたが最後はついに取調べに耐えきれず、やむなく方針を変えて検面調書一通のみに署名・指印をし、起訴猶予になり入管へ行っていた。その旨を伝えると、Jは一応安心。J本人はすでに起訴されており、国選弁護人の選任照会中とのことであったので、このときもそれだけで引き揚げた。これでJとの縁は切れたと思っていた。
再会
その後私は、Dの帰国準備のため、彼女の友人に援助を依頼したり入管に行ったりしていた。そんなある日、今度は警視庁中野署から電話がかかってきた。Jが中野署に再逮捕され、接見を望んでいるというのである。逮捕から二日目の一一月二三日、通訳人と中野署へ。被疑事実は、一年半前にやはりラテンアメリカ系の外国人ら共犯者四名と行ったとされる建造物侵入・窃盗で、警察は彼を主犯と目していたが、本人は車の運転と見張りを手伝っただけだという。
私が行ったときはすでに身上調書一通が作成されていたが、なんとJは自ら指印を拒否していた。その理由は「自分と違う名前での指印を強要されたから」。実は彼は日本で前科があり執行猶予期間中の身で、いったん強制送還された後に本国で改名して再来日していたのであるが、旧氏名での署名・指印を強いられたので、署名はしたが指印は拒否したというのである。まず選任の意思を確認し、取調べへの弁護人立会いと調書確認の意義、署名・押印拒否の権利を説明したが、以前に概略説明していたことと、現に本人からすれば「他人名義」のおかしな調書に指印をさせられそうになった実体験から、本人の理解は極めてスムースであった。
そして、一〇〇%予想される弁護人立会いと調書確認の拒絶に対しては、ミランダ方式をとることが確認された。問題は、出房拒否も辞さないミランダAか、それともBで行くか、ということであったが、Jの場合、外国人ということで身柄が中野署ではなく代々木署になっていたので、取調べでは代々木から中野へ移送される。この都度出房を拒否するとちょっと摩擦が大きくて面倒だという理由から、当面Bで行くことにした。
主任捜査官への取調立会いと調書確認の要求は型どおり拒否されたが、「前例がありませんから」というのが理由で、特別な反応はなかった。なお、勾留質問への立会いも要求したが拒否された。そこで勾留質問調書への署名・指印拒否も考えたが、当時個人的に刑訴規則三九条二項との整合性につき悩んでいたので、本人の弁解がそのまま録取されれば無理に拒否はしないという方針をとり、結局署名・指印した。このことは本件では結果的にマイナスに働かなかったが、やはり供述調書の危険性、まして通訳が入ることによる不正確さに鑑みれば、原則を貫くべきであったし、またここで拒否をしても大勢にはまったく影響がなかったと考え反省している。
取調
「ミランダB」とはしたものの、実際に行った中身は途中から取調拒否になった。というのも、警察がJの銃犯罪関与を疑い、任意といいながら余罪調べを始めたのである。取調室には行くが、あとは何を聞かれても弁護士がいないと駄目だと言って、その後は黙っているか「何も言うことはない」で通した。Jは本国で警官をしていた経験もあってか、取調べに対し萎縮せず驚くほど筋を通した。たまたまある日の接見が現場引きあたりの日に当たり、これへの立会いも断られたが、彼は私の指示をよく守った。一切の指示説明をしないのはもちろん、また車から一歩も出ず、一枚の写真も撮らせなかったのである。捜査官はなんとか本人を車から降ろそうと「トイレに行きたくないか」と言ったそうであるが、「行きたくない」と断った。
このようなJの態度に警察・検察とも闘志をむき出しにした。実はJの共犯者四人は彼より先に逮捕され、うち少年一名を含む三人は処分が確定していた。そして、先に逮捕された者たちは口々に、まだ逮捕されていないJが主導的立場にあったとの供述をしていたのである。この点は、三人の元弁護人たちも、信じて疑っていなかったほどである。捜査機関にとってJは、大胆かつふてぶてしい悪人に映ったようである。本人を切り崩すために、まず弁護人の中傷から入った。「お前はあの弁護士に騙されているんだ。マインド・コントロールされている。あの弁護士は反政府・反警察のテロリストで、人殺しも平気な人間なんだぞ」。検事までも「弁護士のことでなく、自分のことを考えろ。しゃべらないと不利になる。弁護士なんてペラペラしゃべるだけで何の実権もないんだ」という具合(このような取調べに対しては一度、勾留場所変更の準抗告をしたが当然のように棄却された)。
しかし、私が警察よりも先に彼と面識があったうえ、スペイン語の通訳人が警察・検察の通訳よりもずっと優秀でかつ気さくな人で(Dの当番であたった際の通訳人が通訳態度の点でやや疑問であったため、新たに外国人刑事弁護団を通じ紹介してもらった)、信頼関係が大変つくりやすかったことが大きかったのであろう、Jはまったく崩れなかった。本人の信念が固かったこととに加え、こちらも多少は慣れていたことから、接見は二一日間で八回、通訳人同行はそのうち半分で済んだ。
結局、調書は一通も指印せずに延長満期の一二月一三日に起訴となったが、それでも警察は供述調書獲得をあきらめなかったのである。これは後になって判明したのだが、Jが起訴後も移監されず代々木署にいたところ、任意ということで中野署へ連れて行かれ、リンゴ、ヨーグルト、ミカン、プリン、クッキーを出し食べさせてくれた。彼がこれらを食べ終わると、捜査官が「何か言うことはないか?」、J「何も言うことはない」。その三日後にも昼食にコーラ・サンドウィッチ・リンゴ・饅頭が出たが、このときは食べただけで終わったらしい。
公判
ところで、Jの件は先に千葉で起訴されていた事件が併合されることになった。千葉の件では事実をほぼ全面的に認めて調書も数通とられていた。一方、本件では乙号証として本人が指印を拒否した身上調書が一通。これは当初不同意にする予定だったが、身上関係の書証が全然ないのでと検事に頼まれ、内容的にも問題なかったので同意した。その他本件の共犯者の供述調書はほとんど不同意にし、いよいよ証人尋問というとき、今度は愛知県警中警察署に逮捕されてしまったのである。さすがに名古屋で捜査弁護はできないので、同期の知り合いに受任してもらうことにした。結局、名古屋では五件の窃盗で起訴された。名古屋の弁護人は滞日しているJの実妹と協力して被害の一部を弁償するなど精力的に動いてくれたが、こちらも事実関係はすべて認めていたため、第一回期日で書証の取調べをし、被告人質問を残したところで本件に併合された。裁判所(東京地裁)は、名古屋の件数がもっとも多いとの理由で名古屋への併合を希望していたようであるが、争っているのは東京だからと強く主張して、本件への併合が実現。このような回り道をした末、ようやく本件の審理が本格化したのである。
Jは弁護人に対して、「他の四人との盗みには加わったが、自分は車の運転と見張りを手伝っただけで終始従属的立場であった」、との主張を捜査段階から一貫してなしており、私は無理を承知であえて幇助を主張した。共同正犯の成否については争わず、加巧の程度だけ争うことも考えたが、Jは初めから主犯と目されていたことから、実際にはまったく違うのだということを強調したほうがよいと考えたこと、執行猶予期間中の犯罪で実刑が決まっており後がないので、とにかく何でも言ってやれと考えたことが動機である。
そもそも、本件ではJが行った外形的行為自体にはさほど争いがなく、Jが従属的な立場にあったか否かが争点となっていた。罪体についての証人尋問は、四名の共犯者のうち所在不明の一名を除く三名の取調べが行われた。共犯者尋問で実感したことは、やはり、署名・押印と供述の拒否を貫いてよかった、ということである。本件においてJが主犯格であることを示す証拠は、共犯者の供述しかないが、開示された証拠だけを見ても共犯者相互の供述には齟齬が多々あった。
三名の共犯者は、スペイン語を母国語とする者が二名、ポルトガル語の者が一名であったが、中にはポルトガル語を母国語とするのにスペイン語の通訳を介して取られた検面調書まであり、極めて杜撰な調書であった。また、当方の通訳人のつてで、共犯者たちの元弁護人を何人か知ることができ、このうちの一人から本件では未提出になっている共犯者調書を入手することができた。未提出調書はさらにひどく供述の変遷が著しいうえ、時を経るに従い、Jが次第に悪く描かれていくこともわかった。これは通訳人に聞いたことなのだが、ラテンアメリカでは、他人に責任を転嫁することは「要領がよい」として評価されこそすれ、決して非難されることではないらしい。それぞれが罪のなすりあいをしているところへ捜査官の予断に基づく誘導が加わり、逮捕がもっとも遅れたJがいちばんの悪者に仕立て上げられていたのである。共犯者供述の信用性は反対尋問で十分崩せると考えた。
ところが蓋をあけてみると、証人たちは主尋問から崩れてしまっていた。証人尋問の時点ではいずれも自分の判決が出た後であったためか、意外にも検事に迎合することなく捜査段階の調書とは異なる証言をし、主尋問で検事が「なぜ嘘をつくんだ!」と突如怒鳴り出すシーンまであった。よって反対尋問も有利に展開することができた。このため、各共犯者の検面調書が二号書面として請求された。反対意見にもかかわらず、例の不適切なスペイン語通訳調書までもが特信性を認められ採用された(ただし、いずれも相反部分に限る)のには閉口したが、いずれにしても、共犯者供述がグチャグチャなのに対して、捜査段階で供述していないJはまさに白紙の状態であり、被告人質問に「ことの真相」をすべてぶつければよいのである。捜査段階で自白してしまった国選の否認事件の弁護に比べ、なんと楽なことか。
もっとも、心配な点もひとつあった。名古屋でとられたJの調書に、「私は東京で四人の共犯者と一緒に盗みをしました」という趣旨のことが簡単にだが書かれてしまっており、それがどう評価されるか、ということである。名古屋にも一度は接見に行ったのだが、まさかこんな調書がとられるとは予測していなかったので、初めて目にした瞬間はショックであった。まったく私の指示の不行き届きであったと考えている。ただ、結論的には、この点を揚げ足とり的に利用されることはなく、Jが被告人質問で述べた事実が、判決でもそのまま認定された。
なお、この種の事件ではあまり例がないことだが、千葉・名古屋の合計六件の窃盗では共同正犯の成立に争いなく、また本件でも幇助の限りで犯罪成立を認めていたことから、少しでも服役期間を短くしようと、情状証人としてカトリックのシスターに証言してもらった。彼女はスペイン人でラテン系外国人被疑者・被告人への差入れや面会などのボランティアをしており、Jにも何度か面会してスペイン語の聖書を差し入れ、手紙のやりとりもしてくれた。代用監獄にいる間は事実上スペイン語での面会もでき、孤独なJにとっては大きな支えであった。
判決
そして、論告・弁論。検事は異常に敵対的な態度を隠さない人物であったため、被告人には反省の色がないとして捜査段階での供述態度に触れるのではないかと予想していたが、意外にもそれはなかった。よって言わずもがなとは思われたが、弁論では、被告人は弁護人の指示を忠実に守ったにすぎないのであり、この点をとらえて被告人を非難することは許されないと指摘しておいた。
最初の逮捕から約一年後の九六年一〇月八日、判決が言い渡された。幇助の主張は排斥されたが、Jは従属的態様であったと認定され、求刑三年に対し、懲役二年・未決算入一八〇日で、実質的に求刑の半分であった。Jが妹の援助で被害の一部を弁償していたことや、共犯者も弁償していたという事情もあったが、やはり正面から争った成果が大きいと私は考えている。
書記官は控訴もあると考えていたようだが、結果に満足した私とJは控訴せず、確定した。 感想は、しゃべらなくて本当によかった、の一言である。こうしてJは府中刑務所に行くことになった。未決中は、「拘置所は暇なので早く府中に行って仕事をしたい。」としきりに言っていたJだが、果たして府中の厳しい処遇に耐えられるか……。何かあったらいつでも手紙を書くように言ったものの、現在まで手紙はない。私が府中に面会に行くことなく、無事仮釈放がもらえるとよいのだが。
(田鎖麻衣子/第二東京弁護士会)
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