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エッセイ

MIRANDA ASSOCIATION

刑事弁護の体験談、刑事司法改革について意見

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ミランダの会活動報告5
「軍団」の頭目二名、署名・指印拒否を貫いて生還

季刊刑事弁護8号108頁、現代人文社の許可の下に転載しました。

プロローグ

今年の六月、私が以前所属していた青年会議所の友人から電話が入った。「知人の息子とその仲間に逮捕状が出ているらしい。父親から元気のいい弁護士を紹介してほしい」という相談を受けたというのである。元気のいい弁護士と言われて後に引くこともできず、早速、本人たちを事務所に呼び、事情を聞いた。二人は二〇歳そこそこの頑強そうな青年であった。

話を聞いていくうちに、この二人は、私が同じ年の一月に受任した少年事件で、少年たちを煽動した首謀者として捜査機関が目を付けていた人物であることがわかった。また被疑事実は、「逮捕・監禁、傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反」であることが推察できた。

この事件は、いわゆる埼玉県のチーマー族と他県のチーマー族が対立し、仲間を拉致したり、車を壊したということで、多数の少年が一斉に検挙されたものであり、二人は一連の事件を命令・主導したとして、少年事件の捜査資料中にもたびたび登場していた「軍団」の頭目とされていた人物であった。

弁護方針の確立

事務所には私を含めて三名の弁護士がいるが、当日は、私と設楽あづさ弁護士が事情を聴取し、弁護方針を協議した。この時点で私と設楽弁護士は、すでに関連の少年事件を受任しており、その際に関連当事者の供述調書や捜査報告書を詳細に検討済みであった。

捜査機関はXとYを一連の事件の首謀者と決めつけ、またそれに符合するような少年たちの供述調書も散見されたのであるが、その内容は曖昧であり、それだけで彼らを有罪とすることができるような内容のものではなかった。

実際、私たちが担当した少年事件の少年本人も、「軍団」名の冠となっているX本人と面識がなかったことはもとより、軍団名すら知らなかったのである。このようなことから、私たち弁護人は、被疑者本人の自白がない限り、有罪はおろか公訴提起すら困難な事案ではないかと考えた。

二人が逮捕されることは確実であった。何日か前にXの自宅にU警察の担当官から電話があり、出頭要請が行われ、来所当日、私の事務所から警察に電話をし、逮捕状発布の事実を確認した。その際警察には、弁護人が付き添って近日中に出頭する旨を伝えておいた。われわれは、そこで、XとYの二人に対し、警察に逮捕された後の取調べ等の捜査にどのように対処すべきかについて、弁護人の考えを話し、同時に、二人からの意見を求めた。

このようなケースでは、自白の獲得を目的として執拗な取調べがなされるのが常である。これに対し、弁護人が依頼者である被疑者に対し、従来、次のような助言をするのが一般的であった。つまり、取調べの結果作成された供述調書に署名・指印をすることを前提として、「自分の言ったことが書かれているかどうかよく確かめなさい。違うことが書かれていたら加除・訂正を求めなさい。それでも加除・訂正をしてくれなければ署名・指印を拒否しなさい」という方法である。

しかし、二〇日間にわたって身柄を拘束され取調官と対峙させられる被疑者が、いとも簡単に取調官の恫喝・甘言に屈服してしまうということは、われわれ弁護士にとって経験済みの事実である。それにもかかわらず、このような事実に目をつぶったままで前記のような助言をすることで事足りるとする弁護活動が、さらに、供述調書の内容を事前に確認すらしようとしないで、依頼者である被疑者が調書に署名・指印することを容認する弁護活動がいかに無責任なものであるのかは、多言を要しないであろう。

自白の有無が成否を決する本件の場合、供述調書が一通でも作成されてしまえば、被疑者は捜査官側の術中に填ってしまい取り返しのつかない結果が予想される。そこで、われわれは、依頼者の納得を得たうえで、ミランダ方式による弁護活動を実現することを確認した。

依頼者との協議

われわれは、会議室に六法全書を持ち込み、二人に憲法の該当条項を読んでもらい、その意味について説明をするところから始めた。黙秘権の意味を日常生活における「内心の自由」から説き起こし、それが、「何人」にも保障されている基本的な権利であることを理解してもらうよう努めた。誰にでも言いたくないことを無理矢理言わせられる義務はないこと、黙りとおしていることが自己の権利の行使にほかならないことなどについて、話をし、そのうえで、取調べが捜査手続の中でどのような意味を持っているのか、自白が刑事裁判の中で有している「重み」、逮捕後に繰り広げられるであろう自白獲得目的の取調べについて説明をした。

一般的に、警察に逮捕されれば、当然に取調べを受け、作成された調書に署名・指印をしなければならないと考えられている。これは市民的な常識といっても過言ではない。しかし、それが法律的にいかに誤った「常識」であるのかを理解してもらうことから始めたわけである。

そのうえで、ミランダの会という団体があり、私がそこに所属していること、ミランダの会では「取調べ拒否」「取調べへの弁護人の同席要請」「弁護人による調書の事前確認要請」「調書への署名・指印拒否」等の方法を実践していることを話し、弁護人としては、ミランダ方式により弁護活動を進めようと考えていること、取調べ拒否、弁護人の同席要求、署名・指印拒否は被疑者の当然の権利行使であることを説明したうえで、「二人がいわゆる抗争の現場に居合わせたことは確かであり、したがって、その事実を認めたうえで積極的に弁解をし、弁解が正確に反映されていれば調書に署名・指印するというのも一つの方法ではある」ことを指摘し、二人の意見を求めた。

二人は一致して、ミランダ方式により弁護活動を進めてほしい旨申出をしたが、具体的には、取調べの全面拒絶ではなく、つまり「房から出ない」というかたちではなく、取調べに弁護人の同席を求める方法、最終的には、弁護人の事前確認なくしては調書に署名・指印をしないという方法でいきたいということになった。われわれも、この方法でいくことを了承した。

逮捕・勾留と弁護活動

早速U警察に電話をし、出頭の日時を打ち合わせた。これは、出頭の際弁護人が警察に出向き、警察官に対しミランダ方式の申入れをする場を確保するためでもあった。

直ちに弁護人選任届、ミランダ方式に則った申入書、通告書を作成し、出頭に備えた。Xの弁護人には私と青木孝明弁護士が、Yの弁護人には設楽弁護士が就任し、出頭当日は、私と設楽がそれぞれに付き添ってU警察に出向いた。

警察では、警察官が二人の身柄を有無を言わさずに確保しようとしたため、それは任意捜査なのかどうか、任意捜査であれば二人はこれに応じる意思はない旨申し向け、応酬を繰り返し、結局、二人の意思を再度確認し、自らの意思で応じるということで身柄が警察に確保されることになった。そして、そのやり取りの中で、逮捕状が執行された後速やかに弁護人との接見を確保するよう申入れをし、問答の末、弁解録取後直ちに接見の場を確保するという確約を取り付け、さらに被疑者は両名とも弁護人の立ち会わないままでの取調べを拒絶する意思を有しているということで、ミランダ方式の申入書を警察官に交付した(もっとも、この申入書は「これを受領するとこの方法を認容したことになりかねない」という理由でその日のうちに弁護人に返還されている)。この一連の問答が、弁護人は本当に自分たちの味方であるということを被疑者に強く印象づける効果を発揮できたと思う。

また、われわれは勾留決定後直ちに捜査担当検察官と面会し、本件事案の概要に照らして、二人の被疑者については公訴を提起すべきような嫌疑は存在しないことを述べるとともに、ミランダ方式によることの書面のコピーを交付し、その正当性について説明をした。担当検察官は特にこの点についてのコメントは発しなかったが、書面の写しを記録に編綴するよう事務官に指示をしていた。

このような経過を経て身柄拘束された二人は、逮捕後に行われた弁解録取の際作成された弁解録取書はもちろん、勾留請求の際の検察官作成の弁解録取書、裁判官の勾留質問調書、警察官作成の供述調書に対する署名・指印をすべて拒否し、実況見分に対する立会要請も拒絶している。被疑者両名は、取調べそのものには応じるが、弁護人の事前確認なしには一切の署名・指印を拒絶するという姿勢を最後まで貫徹したのである。

XとYの署名・指印拒絶の意思が固いと判断した警察官は、「署名・指印しなければ先に進まず、長くなり、なかなか出られない。俺が思うには、頼まれた口だから罰金あるいは執行猶予で終わるだろう」などと申し向け、被疑者の翻意を促したが、被疑者たちは原則的な対応をほぼ貫徹できた(逮捕・監禁に罰金刑を選択する余地はない)。

この「ほぼ」であるが、被疑者の一人Xは逮捕当日頃、「上申書」を作成させられている。これは、上申書は自分で書くんだからいいだろうという警察官の話、供述「調書」にさえ署名しなければよいとする被疑者の思い込み、上申書の問題を指摘しておかなかった弁護人の不手際によるのであるが、勾留質問当日の面会で弁護人と打合せをし、それ以降上申書の作成はなされてない。

このような被疑者の対応が実現できた背景には、逮捕後、弁護人・被疑者ともどもお互いに事前に取り交わした約束を守り通したということがあげられる。なんといっても大切なことは、依頼者との信頼関係を維持・構築することである。外界から遮断され、警察監視のもとにおかれている依頼者の唯一の拠り所は弁護人であると言っても過言ではない。「連絡を受け次第できるだけ早く面会に行く」。この約束が実現できなければ依頼者の弁護人に対する信頼は薄れ、反対に日常的に面をつきあわせている警察官の言辞を信頼してしまうのである。

X・Y両名からは、留置担当者を通じ、あるいは電報で面会の要請がなされたことはいうまでもない。彼ら二人は弁護人との間で取り交わした「どんな些細なことでも聞きたいことがあれば連絡をするように」という約束を忠実に履行したのであり、われわれはできる限りこれに応えたのである。

また、われわれは、接見の際、取調べの経過・内容を陳述録取書の形式で証拠化し、公訴提起がなされた場合に備えた。つまり、万が一、被疑者が捜査官に屈服し、署名・捺印した供述調書が公判廷に顕出された際、その証拠能力、証明力を争う資料を確保しておく必要があったからである。

そして生還

しかし、このようなわれわれの危惧は徒労に終わった。

勾留満期当日、二人は、処分保留のままわれわれの前に元気な顔を見せたのである。満期の前日、われわれは担当検察官に面会をし、本件は公訴提起がなされるべきでないとの意見を述べたのであるが、これに対する検察官の歯切れが悪かったこともあり、この結論は必ずしも予想できないではなかったが、やはり、二人が釈放されるまでの緊張感は大変なものであった。

二人が釈放されたのが六月下旬、以後この原稿を書いている一〇月二日現在まで、二人に対する公訴は提起されていない。

今回の弁護活動は総体として成功したと考えている。その最大の理由は、自らの置かれている立場を理解した被疑者と弁護人の信頼関係を最後まで維持することができたという点、被疑者が弁護方針を踏まえて「弁護人がその内容を確認しない調書には署名・指印しない」という立場を断固貫徹した点に求められるであろう。われわれは、自分たちの手の届かない密室で行われている取調べに直面している被疑者がいつ捜査官の前に屈服してしまうか、正直のところ心配であったし、後から聞くところによればやはり何回か屈服の危機はあったようである。被疑者はそのようなとき、弁護人の助言を求めて面会の要請をし、弁護人がそれに直ちに対応することにより、屈服の危機を乗り越えることができたのだと思う。

また、本件においては、たまたま関連の少年事件を以前受任していたことから、関係資料を入手できていたことが挙げられる。そのおかげで、われわれは、事件関係者の供述調書の中で二人の依頼者についてどのような記載がなされているのか、捜査報告書を参照することにより捜査官が二人をどのように位置づけているのかを概ね把握することができていた。したがって、このような捜査資料を前提として、われわれは捜査官が二人に対してどのような追及の仕方をするのか大体の予想をつけることができ、それに基づいて弁護方針を立てることができたわけである。
 一般的に逮捕・勾留の段階では、関係者の供述調書を含めそれまでの捜査の内容を弁護人が知ることができないのであるが、本件では、きわめて偶然ではあるが、弁護人に有力な武器が確保できていたのであった。

エピローグ

釈放された被疑者の言葉が印象的であった。

「先生の言うことを聞いて良かった。あのとき調書に署名していれば、自分はここにいることはできなかったと思う。ありがとうございました」。

(岡村茂樹/埼玉弁護士会)

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