ミランダの会活動報告4
夫婦喧嘩に弁護士一三五名
季刊刑事弁護7号118頁、現代人文社の許可の下に転載しました。
はじめに
周知のとおり、「ミランダの会」結成後、その弁護活動が活発化するに伴って、法務・検察当局は、「ミランダの会」の弁護活動について嫌悪感を露わにし、マスメディアを利用して、これに対する非難を繰り返してきた。
まず、一九九五年四月浦和地方検察庁前検事正清水勇男氏は、「ミランダの会」の弁護活動を「法律家としての本質・本当の職務を忘れた若手の弁護士が跳梁跋扈している」と言って批判する記者会見を行い、同年五月、東京地方検察庁次席検事(当時)甲斐中辰夫氏は、同弁護活動を「捜査妨害」「違法・不当な弁護活動」と言って批判した。日本弁護士連合会と法務省との「当番弁護士制度協議会」の席上でも、法務省側は「ミランダの会」の弁護活動を「行き過ぎた、あるいは違法とも思われる弁護活動」と指摘している。また、法務省刑事局長は、同年六月七日の衆議院法務委員会で、同弁護活動を「捜査妨害」とする趣旨の答弁を行っている。
そして、同年一二月、岡山地方検察庁検事正(当時)田邊信好氏は、「ミランダの会と検察」との小論の中で「正当な理由がなく取調べを拒否したり供述調書への署名指印を拒否するような被疑者は、有罪の立証ができる限り、起訴すべきである」との方針を公表した。
さらに、九六年四月、浦和地方検察庁検事正を退官した水上寛治氏は退官記者会見の席上で「弁護士が被疑者に対し、取調べ拒否や調書の署名押印拒否を助言するのは捜査妨害であり、弁護士法、刑事訴訟法に照らして違法である」と断じたのである。
そして、本年一月、ついにわれわれの危惧していた事態が発生してしまった。埼玉県内において、夫婦喧嘩に端を発した「暴行事件」について、弁護人に就任した「ミランダの会」会員が取調べへの弁護人立会いを要求したところ、浦和地方検察庁はこれを拒否し、その後、半年近くも経過してから突然被疑者を逮捕したのである。この被疑者は、身柄拘束のまま暴行罪で公判請求されたうえ、度重なる勾留取消請求、準抗告申立、四度にわたる保釈請求を、裁判所においてことごとく棄却・却下され、逮捕から約四カ月にわたって身柄を拘束された。被疑者は、職を失い、子どもを施設に奪われた。司法の名において、その家庭は完全に崩壊させられたのである。
この事例は、検察庁が、「ミランダの会」会員の依頼人をことさら不利益に取り扱うことによって、「ミランダの会」を壊滅させようとの意図に基づくものであることが明らかであると言わざるをえない。そのうえ、公正な第三者機関たるべき裁判所までもが、意識的か否かは別として、結果として、検察庁の不当な差別的取扱いに加担したと評されても仕方のない事態を招来させてしまったのである。
事件の概要
Kは、九四年七月頃から不審な行動が目立ち始めた妻を調査した結果、不貞の確証を掴んだ。妻は、同年八月家を出た。同年一〇月六日、妻が帰宅したところ、不貞を巡る話合いから夫婦喧嘩に発展し、Kが妻を殴った。これが、本件である。Kは、同年一二月妻の不貞相手と目される男を被告として慰謝料請求の損害賠償請求訴訟を浦和地裁に提起し、現在も係属中である。
Kは、妻の家出以来一人で五人の子どもを育てていた。九五年三月一九日、妻と不貞相手と目される男は、K宅に押しかけ、子どもを連れ去ろうとした。その過程でKは男に突き飛ばされ、右前腕擦過傷・打撲の傷害を負い、警察に通報した。また、妻と男は、その頃から本件を立件させるべく、浦和警察署に働きかけだした。
同月二七日、Kは浦和警察の呼出しに応じ、取調べをうけた。警察官は、妻を「数回殴った」と供述したKに対し、「奥さんの言い分と違う」「殴られたほうは多めに言うし、殴ったほうは少なめに言うものだ。……一〇回でどうだ」などと言って、妻を一〇回殴った旨の調書を作成して署名させた。
その後、Kからの依頼で途中から前記損害賠償請求事件の代理人となった「ミランダの会」会員であるT弁護士は本件の弁護人となり、出頭要請に対しては取調べへの弁護人立会いを条件とすることを求めた。しかし、浦和警察は弁護人立会いの下では調べる必要はないと言い、浦和地検検察官は弁護人の取調べへの立会いを認めなかったので、弁護人は検察官指定の日時のKの出頭を拒否し、別の日時の調整を申し入れた。しかし、その後捜査機関からの出頭要請は一度もなかった。
その後、Kは、不貞相手と目される男が勤務先に押しかけて来た等の事情から、職場に居づらくなり、新天地を求め、一九九五年八月、五人の子どもを連れて郷里の新潟に転居し、仕事を見つけて新たな生活を始めた。転居については、直ちに住民票を移動するとともに弁護人にも連絡した。弁護人は、Kの転居と今後の連絡は弁護人にしてほしい旨担当検察官に伝えた。その後、何ごともなく時は過ぎた。
ところが、本年一月三〇日、浦和地検は、突然、本件について「全治不詳の握力傷害、中耳性難聴の傷害」の被疑事実でKを逮捕した。五人の幼児は、養護施設に預けられた。
これまでの経過
弁護団は、この逮捕・勾留に対し、再三にわたり準抗告・勾留取消請求・特別抗告を行ったのはもちろん、起訴後(二月一六日暴行罪で公判請求)第一回公判(三月二五日)前に二回、第一回公判後に三回保釈請求をしたところ、五回目にやっと保釈が認められた(五月二七日)。しかし、その保釈条件は驚愕すべき内容である。
すなわち、被告人は、@弁護団が用意した(主任弁護人T弁護士が賃貸借契約を締結)浦和市内のアパートを制限住居とする。A月曜日から金曜日(休日は除く)までの午前九時から午後六時までは主任弁護人T弁護士の事務所で事務職員として稼働し、その間は主任弁護人T弁護士の監督に服する。B月曜日から金曜日までの午後六時以降ならびに土曜日、日曜日および休日は、別紙誓約書記載の弁護人らの監督の下に制限住居で居住し、浦和市内を出るときは、少なくとも同弁護人らのうち一名の者が必ずこれに付き添う。保釈金は一五〇万円(内五〇万円は弁護人の保証書)であった。
現在、一八名のボランティア弁護士が、交替で被告人Kとともに前記アパート(愛称「代用監獄」)に寝泊まりしている。週末Kが養護施設に預けられている子どもたちに会うために新潟に赴く際には、必ずボランティア弁護士が同行している。
弁護団は、埼玉県外も含めて多くの諸先生方に弁護人として名前を連ねていただいたうえで請求した第四次保釈請求が却下された時、この上なく深い絶望の淵に突き落とされた気分であった。「人質司法」と評されて久しい日本の刑事司法は、ついにここまで来てしまったのか。それならば、最早「禁じ手」を使うしかないとして、前記保釈条件を提示したうえでの第五次保釈請求となったのである。裁判所は、この条件を受け入れた。まさに、《カリカチュア》である。一体「罪証隠滅の虞れ」「関係者に働きかける虞れ」とは何なのだ。しかし、裁判所は、これが《カリカチュア》であることにすら、まったく気づいていないようである。
現時点までの公判審理の状況は、次のとおりである。五月一七日第二回公判(実況見分官たる警察官の証人尋問・この日より合議法廷)、五月三一日第三回公判(被害者妻の証人尋問)、七月一九日(不貞の相手と目される男性の証人尋問の予定)。
弁護団は、本件はその背景事情を考慮すれば当然起訴猶予にすべき事案であり、本件公訴提起は、法務・検察当局による一連の「ミランダの会」に対する攻撃の一つであり、同会会員に対する嫌がらせ以外の何物でもないとして、公訴棄却を求めている。
七月三日現在、埼玉弁護士会一一五名、東京弁護士会四名、大阪弁護士会四名、第二東京弁護士会三名、福岡弁護士会二名、札幌・仙台・千葉・静岡・京都・奈良・三重の各弁護士会が各一名、合計一三五名の諸先生に本件の弁護人として名前を連ねていただいている。弁護人選任届は、《人質司法》に対する怒りの意思表示である。
最後に
二一世紀へ向けての刑事司法の改革は、国民的な課題というべきである。そのために、法曹三者、とりわけ検察庁と弁護士会は、《論争》をすべきである。しかしながら、自らの特権的地位とマスメディアを利用して自己の独断的見解を一方的に流布させようとしたり、国民から負託されたはずの捜査・訴追権限を用いて弁護士の活動をねじ伏せるような、今回の検察庁のやり方は断じて許されるべきではない。
(萩原 猛/埼玉弁護士会)
Copyright (c) 1999-2003 mirandanokai
All Rights Reserved.
当サイトで使用している写真および、テキストの無断転載を禁止します。
※このウェブサイトはInternet Explorerのバージョン4.0以上
あるいはNetscape Navigatorのバージョン7.0以上でご覧下さい。