ミランダの会活動報告3
取調拒否、そして勾留取消
季刊刑事弁護6号76頁、現代人文社の許可の下に転載しました。
不当逮捕事件の概要
一九九五年一二月一六日、茨城県境警察署は三和町前町議のA氏を建造物侵入容疑で通常逮捕した。容疑とされたのは、A氏が議員在職当時の同年九月四日から五日にかけて、三和町役場内議会事務局室内に故なく侵入したというものである。
事実関係は次のようなものであった。
A氏は、地元住民の要望に基づき、「薬害エイズに関する請願書」、「フランスの核実験に反対する請願書」を取りまとめ、同年九月五日午前八時ころ、右請願書を持参し三和町役場に赴いた。総務課などの職員はいたものの、議会事務局職員はいまだ登庁しておらず事務局室入口には鍵が掛かっていた。
ところで、同町では議会事務局室入口上部の桟に合鍵を常備しており、事務局員が不在の際には議員たちはその合鍵を使って室内に入ることが慣行となっていた。そこで、この日A氏はいつもと同じように合鍵を使って入室し、請願書を議会事務局長の机の上に置き、その後施錠のうえ、右鍵を桟の上に置き退室したのである。
ところが、A氏と対立する勢力の議員たちがこの請願書提出を〈不法侵入〉だと騒ぎ立て、議会内でA氏への攻撃を強めたのである。さらには、右翼団体が同町内でA氏を非難する街宣活動を繰り広げる事態にまで発展した。
そして、同年九月一二日、三和町町長は、A氏を建造物侵入罪で境署に告訴したのである。
度重なる任意出頭要請
一〇月に入ると、境署はA氏に対し、同容疑での取調べのため出頭するよう執拗に求め始めた。
この時点で、神山祐輔弁護士(埼玉)が弁護人に就任し、事実関係を詳細に記した陳述書を警察に提出するとともに、弁護人が立会いしない限り取調べを拒否する姿勢を鮮明にしたのである。
結局、警察からは五回に渡り出頭要請があり、弁護人立会いが果たせないことからそのすべてを拒否することとなった。
逮捕へ
このような経緯の後、冒頭に記したように一二月一六日早朝、境署はA氏を通常逮捕したのである。
私は、同日午前一一時ころ、A氏に接見の上弁護人に就任した。
出房拒否
接見室でA氏は、今回の逮捕は自分の政治活動に対する弾圧と位置づけ徹底的に闘う姿勢を明らかにした。そこで、私は、弁護人の立会いなしには取調べに応じない、房からも出ないという方針を提案したところ、全面的に納得されたことから以後A氏は出房拒否を貫いた。
また、その場で私と連名でその旨の申入書を作成し、境警察署署長と水戸地検検事正にそれぞれ郵送で提出した。このうち境警察署署長からは後日、配達証明付きで封筒ごと送り返されてきた。
送検、勾留請求
翌一七日、A氏は送検された。本来の管轄は下妻支部であるはずなのに、A氏は水戸地検本庁へ送検されたのである。
そこで、直ちに水戸へ飛び、検察官面会を求めた。勾留請求しないよう要請するためである。
ところが、水戸地検は弁護人との面会を拒否し、水戸簡易裁判所に勾留請求してしまったのである。
怒りを抑えつつ今度は勾留担当裁判官に面会を求めた。
勾留裁判官面会
水戸簡裁のW裁判官は勾留質問に先立って弁護人との面会に応じた。私は検察官の勾留請求却下を求める意見書を提出するとともに、被疑事実の不存在、勾留の必要性がないことを訴えた。
しかし、W裁判官は面会の席において足を組みつつ、「やましいところがないんなら警察に出頭したらいいじゃないですか」、「任意出頭に応じないということで逃亡のおそれありと言われても仕方ないんじゃないの」と発言したのである。
何とも正直というか、何も考えていないというか、取調受忍義務の論点、本件捜査の異常性などを縷々訴えても「のれんに腕押し」といった状態であった。
W裁判官は、同日夕刻、A氏に対し、「罪証隠滅の虞れ」、「逃亡の虞れ」を理由に勾留を認めた。しかも、勾留場所は境警察署付属留置場としたのである。
直ちに水戸地方裁判所に対し準抗告を申し立てたのは言うまでもない。
勾留取消
弁護人の準抗告を受けた水戸地方裁判所刑事部(裁判長裁判官大東一雄、裁判官傳田喜久、同内田博之)は、W裁判官の勾留裁判を取り消すとの決定をした。
右決定は、A氏が捜査機関の弁録、取調べさらにはW裁判官の勾留質問のすべてにおいて黙秘したことを認めたうえで、陳述書の内容をも踏まえ、「争点は管理権者の承諾の有無等の事実関係とともに被疑者の行為の法的評価にかかる面も大きいものと考えられる」(決定書より)とし、さらに当時のA氏の生活状況をも加味すると、「被疑者が逃亡したり、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由は認め難く、また勾留の必要性も乏しいものと考えられる」(同)として勾留を取り消したのである。
なお、本件は今日に至るまで起訴されていない。
最後に
捜査機関が被疑者を好きなだけ取り調べること、被疑者がそれに素直に応じることを空気のごとく当たり前に考えるのが残念ながらこれまでの実務であった。取調べに応じないことがすなわち改悛の情がない、あるいは逃亡のおそれがあるなどと直感的に結論を出してきたのがわが国の刑事司法の歴史であった。本件における捜査機関、そして勾留裁判官の発想も素直なまでにこれらの流れに従ったものであろう。
私たちミランダの会は日々の弁護活動を通してこの流れを変えたいと考えた。まだまだ手探りの状態ではあるが、弁護人立会いがない限り一切の取調べを拒否した本件において、冷静に勾留の理由、必要性を吟味し勾留を取り消した今回の水戸地裁の決定は、私たちの活動に多くの示唆を与えるものと思われる。
村木一郎(むらき・いちろう/埼玉弁護士会)
Copyright (c) 1999-2003 mirandanokai
All Rights Reserved.
当サイトで使用している写真および、テキストの無断転載を禁止します。
※このウェブサイトはInternet Explorerのバージョン4.0以上
あるいはNetscape Navigatorのバージョン7.0以上でご覧下さい。